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残酷なこの世界でわたしは

言葉が、するり、と道端に落ちた。

ポケットの奥のほうに入れていたたくさんの言葉たちが、まるでわたしから逃げ出していくように、するりと。

落ちたそこはちょうどアスファルトの上で、細かな傷が少しついていた。

わたしはすぐに駆け寄って拾い上げようとしたけれど、急にそれがひどくみすぼらしいものに見えてしまう。だから、ただその言葉たちを見下ろすことしかできなかった。

ああ、わたしはまた、わたしの言葉を見放してしまうんだ。

その自分の薄情さが、また自己嫌悪の穴へとわたしを突き落とす。

誰かからプレゼントされたものでもない、自分で生み出したもの。
なのにわたしはそれすらも大切に扱うことができない。
たった少しの傷がついただけで、もう役立たずなものに見えてしまうのだ。最低だ。

わたしは耐えきれず、地面を蹴ってそこから離れようとした。一刻も早く、そこから逃げ出したかった。
きっと、言葉たちもわたしと同じことを思っているはずだから。

ーだけど。

わたしはまるでその瞬間だけ時の流れが遅くなったかのように、ゆっくりとしゃがみこんだ。そしてその言葉たちをそっと拾い上げる。


もしかしたら拒まれるかもしれない。


一瞬そう怯んだけれど、言葉たちはわたしの手の中に静かにすくわれていく。

ひとつ、ふたつ、みっつ。

やっぱりわたしには、この子たちしかいないんだ。
たとえ傷がついたとしても。
わたしにしかその価値がなかったとしても。
わたしが生み出した子たちだから。

わたしは小さく“ごめんね”とつぶやいて、またポケットの中にそっとしまいこむ。

さっきまでは感じられなかったほんの少しの重みが、わたしの足取りを軽くしてくれているように思えた。

最後までお読みいただきありがとうございます✽ふと思い出したときにまた立ち寄っていただけるとうれしいです。