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孤独感にさいなまれたときほど、ちょっとした言葉に救われる

久しぶりに書いたnote。未完成のまま下書き保存を押したあとに出てきた『また書きにきてくださいね』のそのひとことに、ここにはわたしの居場所はあるんだな、とほっとしてしまう。

決してわたしだけに向けられた言葉ではない。でも、すべての言葉を出しきるまで静かに待っていてくれる場所が与えられていること、そして戻りたくなったらいつでも戻ってこられる場所があることは、大げさではなく、いまのわたしにとって救いだ。

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文章とは到底呼べない、空白のなかにぽつんと浮かぶ2,3行の言葉たち。広い海に住む魚のように自由に泳げるわけでもなく、色のない世界に、ただそこにじっととどまっている。わたしが生み出した文章、というだけで、その子たちへの申し訳なさに胸が痛くなった。

それでもそのとき書いたものを消したくはなくて、たくさん眠っている下書きのなかに、ぽん、と新しく仲間入りをさせた。保存ボタンを押したその瞬間、それは静かに溶け込んで、静かに受け入れてもらい、静かにしまわれる。一時姿を消すけれど、そのなかではわたしたちとおなじようにちゃんと呼吸をして生きている。

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最近重苦しい気持ちでいっぱいいっぱいになっていて、まるでなにかにすがるかのように文章を書いていた。こんなことをしているべきじゃないのに、なにをしているんだろう。そう思いながらも、溜まった気持ちを言葉にせずにはいられなかった。

なのに、まだ書きたいことの9割も書けていない。そもそも、本当はなにが書きたいのか自分でもよくわからない。いままで書いてきた言葉は自分の本心なのか。なにかの目を気にして、1%でも架空の思いを混じえてしまっていないか。疑いの目でそうみてしまう。純度100%の心で文章を書き上げている自分を、正直想像できない。

それでも、真っ白な画面と向き合いながら、すこしずつわたしもなにかを表現できたら、と思う。すこしずつ透明な水に変わっていって、いつかわたしが書いた文章がそのなかを自由に泳ぎ回れる日がくるまで。


今日のところはここでおしまい。



最後までお読みいただきありがとうございます✽ふと思い出したときにまた立ち寄っていただけるとうれしいです。