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💭どこかの街の、架空の思い出たち💭

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短編小説や詩などを載せています。
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2019年11月の記事一覧

ウソのさよなら

彼と“また明日ね”、と言い合ったあとの電車の中はひどくさみしい。 あのまま一緒にいられたらいいのにな、なんて願いながら、隅っこのドアに寄りかかる。 変わりゆく景色を見ようと窓の外に視線を移すけれど、そのガラスに反射しているのは、いまわたしと同じ空間にいるひとたち。 軽く手を繋ぎながら楽しそうに話す恋人同士。席に座っているおばあさんと、その前に立って少し背中を曲げながら幸せそうにしゃべりかけるおじいさん。今日は楽しかったね、と嬉しそうに話す小さな男の子と、その子を温かい目で

残酷なこの世界でわたしは

言葉が、するり、と道端に落ちた。 ポケットの奥のほうに入れていたたくさんの言葉たちが、まるでわたしから逃げ出していくように、するりと。 落ちたそこはちょうどアスファルトの上で、細かな傷が少しついていた。 わたしはすぐに駆け寄って拾い上げようとしたけれど、急にそれがひどくみすぼらしいものに見えてしまう。だから、ただその言葉たちを見下ろすことしかできなかった。 ああ、わたしはまた、わたしの言葉を見放してしまうんだ。 その自分の薄情さが、また自己嫌悪の穴へとわたしを突き落

そのぬくもりを

ひとりぼっちだったとき、かじかんだわたしの手を温めてくれたのは小さなマグカップだった。  わたしの手のひらより少し小さな、白いマグカップ。 心が冷え切ったときはいつも、ゆらゆらと湯気を立たせながらわたしの手のひらを温めてくれた。 その熱いくらいの温度が、“きみはひとりぼっちじゃないんだよ”と言ってくれているみたいで、無機質な冷たさになるまでずっとずっとカップを握りしめていた。 ◇ それから長い月日が経って。 いまわたしの手を温めてくれるのは、あなたの少し大きな手。 じ

愛 × 淡雪

【愛】 ①親兄弟のいつくしみ合う心。広く、人間や生物への思いやり。万葉集5「―は子に過ぎたりといふこと無し」 ②男女間の、相手を慕う情。恋。 ③かわいがること。大切にすること。御伽草子、七草草子「己より幼きをばいとほしみ、―をなし」 ④このむこと。めでること。醒睡笑「慈照院殿、―に思し召さるる壺あり」 ⑤愛敬。愛想。好色二代男「まねけばうなづく、笑へば―をなし」 ⑥〔仏〕愛欲。愛着。渇愛。強い欲望。十二因縁では第8支に位置づけられ、迷いの根源として否定的にみられる。今昔物

空白の間

手を伸ばせば届く距離にきみはいるのに、ぼくはその手に触れることができない。 きっとぼくがそっと触れたその瞬間、きみは消えていってしまう予感がするから。 それが怖くて、苦しくて、そんな悲しい思いを味わいたくなくて、ぼくは距離を詰めることもせず、ただ少し離れた場所からきみのことを見守っている。 きみも、ぼくに目線を合わせ優しく微笑んでくれている。愛に満ちた、優しげな眼差しで。 でも、ぼくは気づいてる。 きみが二人の間にある数センチの間を埋めようとしないことに。 きみのつま