3.前に進むために必要な別れ

主人と結婚してから7年間の間に、物件の売却と購入を2回経験している。
毎回のことながら、この綱渡りはどうにかならないものかと思う。
初恋の古民家物件にぞっこんだった私だが、当時の住まいは分譲マンションだ。世田谷での当時の暮らしは様々な意味で本当に過酷で、貯金どころか毎月の生活にいっぱい一杯だった。自己資金はほぼない。
麗しの古民家くんにアタックするためには、今カレマンションとサヨナラしないことには始まらない。そんな状況だった。

麗しの古民家くんと出会う3年前に購入した新築マンションは、二子玉川から成城方面に奥まった、通称“奥二子”というエリアだった。
二子玉川駅からは、徒歩で18分、自転車だと10分、少なくとも10分間隔で運行しているバスでも、10分ほどの距離にあるマンションだった。
二子玉川で買い物をしようと思えば大抵のものは揃えられるし、飲食店も豊富だ。駅から2キロも離れれば多摩川の河川敷など子育てに持ってこいの自然豊かな環境がある。バス停はマンションの目の前なので、アクセスも良い。
5階建マンションの半地下1階部分で、間取りは3LDKで約60平米。芝生の専用庭があり、夏は子供用プールを広げて遊ばせることができる。床暖房も食洗機もない物件だったが、そもそも必要性を感じていない私たち夫婦には十分の物件だった。小学校も中学校も児童館も、コンビニも食品が充実しているドラッグストアも郵便局も徒歩8分圏内だった。
たまがわ花火大会では打ち上げ場所の至近距離に座ることができ、真下から見上げる大きな大きな花火は人生で一番美しかった。少し離れた神社の夏祭りは昔ながらのスタイルで毎年行っていた。

好きか嫌いかといえば嫌いではなかった。でも、一生添い遂げる家とは思えなかった。主人も私も。気密性が高すぎて、キッチンの換気扇を回すとどこからともなくポコポコという音がする。(あれは一体何の音なのだろうか…。)フローリングも木を模したもので、偽物感が強い。一様に感じるのは、違和感だった。一時期暮らす家としては良いのだが、私たち夫婦にとっては、違和感のある住まいだった。

そもそもが資産目的のマンション購入だったので、麗しの古民家くんと出会う約一年前からマンションの売却活動は行っていた。しかし、転居先の目処も全く立っていなかった当時は、購入額同等の強気の価格設定で勝負していた。内見も数少なく、報われない内見のために共働きで荒れ果てた家中を掃除する週末は、ストレス以外の何物でもなかった。
万が一それで売れたら急いで新居を探さねばならなかったが、その頃は保育園継続ありきの生活だったので、近距離転居しかできないと腹をくくっていた。売却活動はしていたが、心底本気の活動ではなかったのだ。

そんな活動を一年続けた頃、古民家くんと出逢った。
彼のところに行けるならと、売却活動に本腰を入れた。専売を依頼していた不動産会社を見直し、片っ端から不動産屋の見積もりを取り直すところから始めた。
また、古民家くんの2度目の内見でお世話になった担当者さんがすこぶる仕事のデキる方だったこと、不動産会社が関東圏を手広くカバーしている会社だったことから、古民家くんの購入と今カレマンションの売却の双方を一手にお願いすることにした。

これが大正解だった。
このジャッジは、久保山夫婦の歴史の中でもベストジャッジランキングトップ3に入る良いジャッジだった。

結婚してからずっと続いている激動。それが新たに渦巻き始めている。
そんな感覚をひしひしと感じながらも平静を装い、いつも通りの毎日を暮らす私たち夫婦だった。

そして、その激動は想像を上回る形で渦巻くこととなった。


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