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【連載小説】すまいる屋⑦

前回⑥はこちらから

「だいぶ、脚のラインがかっこよくなりましたね!」

カニさんがメジャーを片手に、色見本をめくりながら褒めてくれた。

ここの人たちは、みんな褒め上手だ。

「そりゃあもう、二週間も僕とトレーニングしてますから、当たり前ですよ」

こーたさんは私のためにいろんな運動メニューを作ってくれて、最近はひとりでも少しずつやれるようになってきた。

乱れに乱れていた生活も、だんだん整ってくる。生活リズムが整うと、やはり気持ちが落ち着く。

継続が大事、って最初こーたさん言ってたもんな。

「北海道なら、こういう鍛え方もあるんですけどね!こっちではなかなかできないし。あ、僕乗るほうですけどね」

「こーたさんは、北海道ご出身なんですね」

カニさんは関西、ピリカさんは九州、三人とも様々なんだなあ。

「そうなんです。みんなそれぞれの土地で働いてたんですが、オーナーからヘッドハンティングで声がかかりましてね」

「オーナーさんが別にいらっしゃるんですか」

ピリカさんがオーナーだと思っていたら、違うらしい。

「一番古株はピリカさんですけど、オーナーはお忙しくて。僕も年に1、2回しか会えないんです」

「こーたさん、オーナーがこられる日に限って、迷子になって遅刻するから会えないんですよ」

カニさんがからかう。

「まあ、そうなんですけどね。そんなことより、今日の森田さんの時間割はなんですか?」

「今日は、カニさんとスーツを見に行ってきました!パーソナルカラーの診断も、百貨店でしてもらったんです」

カニさんは手元の資料とにらめっこだ。

「森田さんはウィンターだから、黒がいちばん似合うんですけど、普段使いもできるようなのを探したいんですよね。面接だけで着なくなるのはもったいないから」

「なるほど。女の人の洋服選びは大変ですねえ。」

こーたさんがのんびりと言う。

「で、森田さんはどういう仕事を探してるんですか?そろそろ、練習ばかりではなくて成果を試してみたら」

私は、肩をすくめた。

「はい、それがですね・・ピリカさんと面接の練習はしてるんですが・・なかなか定まらなくて」

そうなのだ。

リズムをいくら整えても、似合う服を教えてもらっても、私のやりたいことが明確にならなければ、

すまいる屋の人たちの時間を無駄にしてしまう。

クライアントは、私だけではないのだから。

でも最近の私は、考えれば考えるほど、ひとつのことにたどり着いてしまうのだ。


ずっとずっと、最近頭から離れないこと。


「あの、こーたさん」

カニさんが外に出たのを見計らって、私は切り出す。

「はい、なんですか?」

「私、ここを手伝う・・というのはダメでしょうか」

「え?」

こーたさんもびっくりして聞き直す。

「今までの経験の中」から仕事を探すのはいつでもできる。

すまいる屋のバックアップがある今だけでも、思いきって自分が本当にやりたい仕事に挑戦する、と私はピリカさんに約束した。

ほんとにやりたいこと。

それを突き詰めれば突き詰めるだけ、その理想はこのすまいる屋に繋がってしまう。

この三人みたいに、悩んでる人の手助けをしたい。

そして自分も思いっきり輝きたい。


そんな思いが、頭から離れない。


「真剣なんですか?」

こーたさんの声が響く。

疑われてもしかたない。私はまだここにきて二週間しかたっていないのだから。

「楽な仕事じゃないですよ。見かけほどキラキラもしていない。給料だって、多くはないです。オーナーが資金を出してくれてるから、続けていけてますが・・これから先も安定してるとは言えません。クライアントさんを結果へ導くプレッシャーも大きい」

「わかってます」

「じゃあ、森田さんはこのすまいる屋で、クライアントさんのために何ができるんでしょう」

ガン、と頭を叩かれたような気がした。

こーたさんなら、「いいですねぇ」と言ってくれるんじゃないかと期待していたんだ。

静かではあるけれど、熱のある声。視線。

こんなこーたさんは初めて見た。

「それは・・っ、あの・・」

悔しい。

「人の役に立ちたい」という気持ちだけで、私に何ができるのか、に考えが及んでいなかった。

まるで、子供の「将来の夢」レベルだ。


私は言葉に詰まり、唇を噛み締めた。

泣きそうなのをぐっと我慢する。

「僕は賛成も反対もしませんよ。ただね、なんとなくの気持ちだけでは、カニさんはともかく、ピリカさんはうんとは言わないでしょうね」

こーたさんの言葉が、がんがんと頭に響く。


言わなきゃよかった。


「・・・帰ります」

私は帰り支度を始める。

はやくここから逃げ出したい。軽い気持ちで口に出した自分が嫌でたまらなかった。

「ただいまー」

間の悪いことに、ピリカさんが帰ってくる。

こんな顔で会いたくない。


「ごめんなさいね、銀行が混んでて・・ってあれ、森田さま今日は・・」

ピリカさんの言葉が終わるのと、私がドアを閉めるのと同時だった。

変に思われただろうな。こーたさんに迷惑がかからなければいいけど。


明日・・トレーニング、してくれるのかな。

いつかは独りで立たないといけない。私がクライアントだから、みんな関わってくれるだけなんだから。


部屋に帰るとすぐにスマホが鳴る。姉からだ。

「ちょっと、あんた大丈夫?いまこーたくんから電話あったわよ。オロオロして何て言ってるかわかんなかったけど」

「シノ姉ちゃん・・」

姉の声を聞いた瞬間、感情が溢れだしてくる。

わーーん!

私は年甲斐もなく、大泣きした。



ひっくひっく、としゃくりあげながら、姉に全部ぶちまけた。

「そういうことだったのね。まあ、あんたも軽々しく言うことじゃなかったわね」

ぐさっ。

「しかもまだ、二週間だもんねぇ」

ぐさぐさっ。

「・・でも、あんたの気持ちもわかるわ。あそこ、あったかいんだもんね。こたつみたいでね。外に出たくなくなるような場所だもん」

「シノ姉ちゃん・・」

「私は、あんたをよく知ってる。自分から何かをしたい、て言い出すのは学生以来初めてだもん。軽い気持ちなんかじゃないのは、私がいちばん知ってるよ」

姉の声が温かい。

「あんた、せっかくコミニュケーション習ってるんでしょう。だいぶ自信もついてきたでしょう。泣いてばかりいないで、今までの成果をがつんと、あの三人に見せてやんなさいよ」

「でも・・どうやれば」

「プレゼンよ、プレゼン!あんた、さんざんピリカさんに習ったんでしょ!」

なんだか姉は、ウキウキしているようにも聞こえる。

「あんたの志望の動機、ってやつを真剣にぶつけてみなさいよ、すまいる屋のみんなに」

そうきたか。


私は、知らないうちに握りこぶしを作っていた。できるだろうか。

冷たい汗がじっとりと、身体を湿らせる。

ううん、やる。

やるしかないのだ。

最終回はこちら↓


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さあ、物語もだんだん終わりに近づいてきました。

こーたさん、やはりいいですね。課題を気づかせるのが上手な人です。

せっかくの熱い思いも、伝わらなければ何にもならない。伝えるために何をするのか、が大事。

さあ、どうなるか、次回はいよいよ最終回!

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