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【ショート・ストーリー】~大きく深呼吸

黒いスーツ、白いシャツ、OK。

化粧薄め、髪はひとつ結び、OK。

あ、マスクは布じゃないやつ。OK。

子供のころ、同じ格好で同じ髪型の人たちが大量発生する時期があるなあ、と思ってた。

そして、みんな同じ顔に見えた。


私、今ここ。

10社までは、不採用の会社名も覚えていた。反省点を振り返り、手帳に書いたりもしていた。

でも、もうやめた。

毎日届く「お祈りメール」から心を守るには、鈍感になることしか私は方法を知らなかった。

エントリーして、説明会いって、WEB面接、でなんとか二次面接。

ロビーの椅子に腰かけ、マイナビのメールで会社名を確認する。このビルの4階。合ってる。大丈夫。

「はやくつきすぎちゃったなあ」

こういうときの、時間調整が私は苦手だ。待つあいだに疲れてしまう。しかも今日のパンプスはちょっと大きくて、落ち着かない。

ロビーに人が増えてきた。同じ会社を受ける人たちだろうか。

みんな、私よりはるかに優秀そうに見えてしまう。

15分前だ。
そろそろ向かってもいいだろう、と歩きだしたとき

スポーン、とパンプスが脱げて、後ろに飛んでいってしまった。

「あっ!」

クスクス、と周りの笑い声がする。

は、恥ずかしい・・

私は顔から火が出そうだった。うつむいて拾いにいく。

もう嫌だ。恥ずかしい。帰りたい。


パンプスを履き直し、逃げるようにエレベーターへ向かう。

チリン、と音がしてちょうどドアが開いた。

同じ大学なのか、三人の就活生が小声で楽しそうに話ながら先にエレベーターに乗り込む。

私が乗ろうとした瞬間、
エレベーターのドアが無情にも閉まった。

チリン、と虚しく響く音。

前の子達が、私に気づかずに閉ボタンを押したらしい。

惨めだ。


もういい。縁がなかったんだ。きっとここには受からないだろう。


私が、何をしたっていうの。

毎日毎日、期待して、失望して。

その繰り返しだ。

私なんて、どこからも必要とされないのかもしれない。


泣き出すのをこらえて顔をあげると、

ベージュのスーツを着た女性が、横に立っていた。

緩くカールした髪、スーツもさすがに品がある感じだ。

「ひどいわね。エレベーターのボタンを後ろ手で押すような子、私なら採用しないわ」

女性は、私を見てにっこり笑った。

はきはきとした、よく通る声。

「ほら、そんな顔しない。口角あげる!」

ポン、と背中を押された感覚があった。

「あ・・はい!ありがとうございます!」

女性の持っていた封筒には、今から面接を受ける会社名が印刷されていた。

「他の人が自分より優れてるように見えるのは、みんな一緒よ。
私が一番この会社にふさわしい、くらいの気持ちでいきなさい」


よし、負けるもんか!

私は大きく息を吸い込んで、エレベーターに乗り込んだ。












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