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天使のお仕事~下界バカンス編④

前回③はこちらから

「どこか行きたい店が決まってないなら、ここもいい感じだよ。あやめさん」

キョウスケが指差したのは、ホテルを出てしばらく歩いた先の、洒落たカフェだった。深いマホガニーの色合いと、座り心地のよさそうなソファー席。素敵だ。

「はい、私はよくわからないから、ここで」

私は今回下界用に購入した衣の中で、いちばんお気に入りのものを選んで着てきた。

深い海の色のような、ワンピースというもの。裾がヒラヒラして、なんだか心許ない。

こんな風にお洒落をしたところで、どうもならないことは、わかっている。

店に入ると、スタッフの男性が訳知り顔で頷き、一番奥の席へ通してくれた。他の席からは見えない角度になっていて、ほとんど個室に近い。

「まいったなあ、ここカップル用の席だよ」

キョウスケが申し訳なさそうに、頭を掻いた。

「なんか、ごめんねあやめさん」

「いいえ、そんな」

かえって嬉しい、とは言えない。

「パンケーキが食べたいんだったね。ここの、けっこう旨いんだ。ボリュームもあるし」

メニューの中から、キョウスケはプレーンタイプを選び、私は苺ののったやつにした。

味は、よくわからない。

「ここ、よく来るんですか」

「いやまあ、一人ではなかなか敷居が高いけどね」

女性と来たことがあるということか。

「私と食事なんかしたら、怒られますよね・・その、キョウスケさんの好きな人に」

恐る恐る、聞いてみる。ヨシナガカオリのデータをインキュバスに頼もうかと思ったけれど、やめた。

知ったところで、何にもならないから。

「え?いや、完全俺の一人相撲だから。彼女は俺のこと、ただのコンビニの店員としか思ってないさ。顔も覚えてないだろうし」

キョウスケが、あはは、と笑う。

「お店に来る人、なんですね・・・。どういうところが、その・・・好きなんですか?」

聞くのは苦しいけれど、諦めるためだ。

「どういうとこって・・・あやめさんにこんなこと語るのも恥ずかしいんだけどさ」

話しながら、私から視線をはずす。

恥ずかしいと言いながら、しっかり言葉を選んでいる様子だ。

残念ながら、この人、軽い気持ちではなさそうだ。

きゅっ、とまた胸のあたりが痛んだ。

「なんかね・・・うまく言えないけど・・・いっしょに年を重ねていけたらいいな、って思える人かな。どこが好き、とかそんなんじゃなくてね」


そうね。それ、私がいちばん出来ないやつ。


「キョウスケさん」

「ん?」

彼のコーヒーカップを持つ手が美しくて、見とれそうになる。

指に触れたい、と思う。

でも触れたら、戻れなくなる。インキュバスのいうように、私たちは人の子とは生きれないのだ。


それでも言うか。

言わずに去るか。

どうするのアイリス。

「私・・・キョウスケさんすごく素敵だと思います」


言った。

言ってしまった。


「え?」

キョウスケが、目を丸くする。

「キョウスケさんは優しくて、真面目で、穏やかで・・・素敵な人です」

「あ・・・どうも・・・ありがとう」

あきらかに戸惑っている。そりゃそうだ。まだ私たちが会うのは2回目だもの。

「だから、きっと、大丈夫です」

ああだめ。何言うの私。

「自信持ってください。きっと、その女性とうまくいきますよ。キョウスケさんから動かなくちゃ!せっかく出会えたのに。せっかく、チャンスがあるのに。仕事のことなんか、その後で二人で考えればいいことでしょう?」

・・・ああ、もう。なんてこと。


「みんな・・・可能性を簡単に捨てすぎるんです。一歩踏み出すだけで、人生は変わるのに。何もしなければ、いつまでもゼロです。一つでも動けば」

言いながら、涙があふれそうになる。

「一つでも、動けば・・・それは、十にも百にもなる可能性はあるんです。キョウスケさんは、きっと大丈夫です」


・・・なに言ってんの、私。バカじゃない。


キョウスケは呆気にとられていたが、まあるい笑顔で、うん、と頷いた。

「ありがとう。あやめさんみたいな人に言われると、勇気が出るよ・・・そうだな、俺グチグチ一人で考えすぎてたよ。仕事の安定とか、将来とかつまんねぇことばっか。そんなの付き合えた後の話だもんな。いきなり結婚申し込む訳じゃないんだから」

キョウスケの波動から、暗い色が少しずつ消えてゆく。


これでよかったのよね、インキュバス。


「彼女はいつも、あの店に火曜の夜ににくるんだ。・・・自信はないけど、動いてみるよ。あやめさんのおかげだ。本当に、ありがとう」


・・・主よ、この人の子を護りたまえ。


代金は結局、キョウスケが払った。勇気づけてくれたお礼だという。

「大丈夫?ホテルまで帰れる?」

やさしい人。

「帰れますよ、大丈夫。・・・あの、キョウスケさん」

最後にひとこと、許してね。インキュバス。

「ん?」

私はまっすぐに、キョウスケを見つめる。


「私もあなたから、愛されたかった」

夏の湿った風が、私の長い髪を揺らす。

私、後悔しないから。

あなたを、好きになったこと。


「・・・神があなたと共にありますように」

それだけ言うと、私は振り返らず、ボスがいるはずの居酒屋・しのへと走った。

ゆっくり歩くと、泣きわめきそうだ。とても、ひとりではいられない。

ボスと朝まで騒いで忘れよう。

今日はアルコールを浴びるほど、飲もう。


店の前まで来たとき、慌てた様子のインキュバスから通信がはいった。

「すみません、アイリスさん。・・・天界の縁結びのリストに、マミヤキョウスケとヨシナガカオリの名前が、いま新規で載りました」

「え?」

どういうこと?

「このままだと、アンジェリカさんがマミヤのもとに降臨してしまいます!リストに載った以上、止められません。アイリスさん!」

インキュバスの緊迫した声が聞こえる。

私はその場から、しばらく動けなかった。

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