曲からチャレンジ6日目~ショート・ストーリー~福笑い
去年の春から、ずっと焦れている。
理由は簡単だ。
大学を卒業したものの、就職が決まらなかったのだ。いわゆる、就職浪人というやつ。
大学の卒業式で学長が発表した就職率は、6割だった。このご時世、院へ行ける学生も少ないようだ。
ふう。僕はネクタイを締めながら思う。
今日は次に進みたかった。
ウェブでの会社説明、ウェブ面接は交通費もかからず手軽ではあるけれど、なんとなく手応えがわからない。
今日は久しぶり、直に面接してくれるという。電車代がまあ負担ではあるが、直接話せるというのはやはりありがたいことだ。
面接会場につくと、僕と同じように黒っぽい集団ができていた。採用予定は・・・ええと、三人。かなり倍率が高そうだ。
「10番から15番の方」
案内の女性が呼びにくる。
ポツリポツリと部屋を移動する。
あの、背中がしゃんとしてる奴はまだ現役なんだろうな。まだ負けを知らない顔だ。いつの間にか、僕は人間分析が得意になってきた。
集団面接が終わり、一旦は返事待ち。今日はうまく喋れたほうだと思うが、カマキリのような顔の面接官がやたら印象が悪かった。「忙しいのに、面接してやってる」感がありありだ。
「あー、とりあえず課題クリア!」
僕は会社を出て、3つ目の角でネクタイを外した。とにかく暑い。
「お疲れさまでした」
後ろから声がして、ギクリとする。さっきの会社の人なら悪印象きわまりない。
「なんか、やな奴でしたね、あの面接官」
振り向くと、さっきのシャキッとしたイケメンだった。肌にもつやがあり、女にもてそうな感じだ。気に食わん。
「あ、おつかれさま」
僕はぶっきらぼうに答えた。1年以上就職活動してる俺をなめんなよ。
「ちょっと、涼んでいきませんか?」イケメンがスタバを指差す。
迷った。金もそんなにないし、スタバは僕のなかでは晴れの日にくるところだ。でも、懐が寂しいとは言えない。
「ああ、そうだね」
僕とイケメンは揃ってスタバにはいり、なんとかフラペチーノをそれぞれ買って、席に座る。
「はじめまして。僕はヤスナガといいます」
「・・・どうも。俺、サトウです」
ぎこちない挨拶が交わされ、僕はもうすでに帰りたかった。ヤスナガのキラキラに嫉妬してるのだ、認めたくないけど。
「今日のところでは、いくら内定もらってもちょっと働きたくないですねぇ」
ヤスナガは愚痴もスマートだ。腹立つ。素直にそうですねと言いたくなかった。
「でも、そんなに言ってもられなくなりますよ。ただでさえ面接までしてくれるの少ないんですから。就活したての奴にはわからないだろうけどさ」
最後ちょっとヤな感じになってしまう。
「就活したて?」
ヤスナガは感じのいい目を、丸くして笑った。またこういうとこがフレンドリーさを出して好印象なんだろう。
「あはは!僕はもう28ですよ」
「・・・え」
参った。めちゃくちゃ先輩じゃないか。だとしたらあの背筋の伸び、キラキラした雰囲気はナチュラルなものではなかったのかもしれない。
「わわ、すみません。俺、まだ4年生なのかと・・・その、若かったから」
僕は頭をかき、男性に「若い」は褒めことばではないことを思い出した。なんだ俺。ぜんぜんダメじゃん。
「ああ、僕は童顔だからね」ヤスナガはくるん、と目を見開き笑った。
「嫁さんと、娘もいるんだ。先月まではそこの紳士服の店員だった。そりゃ、早く決まるには越したことないけど、こっちだって企業を選んでいいんだよ」
ヤスナガさんは言った。口を開くたび、意外性のオンパレードだ。
「サトウくんは、存在感があるから」
ヤスナガさんはふと、真面目な顔で僕を見つめた。
「ネクタイの結び方がこなれてるとこを見ると、もう卒業してるんだろ?エレベーターでも、自分から開閉ボタンを押してあげてた。そういうひとつひとつの仕草で印象は違うんだ」
褒められた・・・のかな?僕は目をぱちくりしてしまう。
「サトウくん、新卒が価値が高いというのに捕らわれすぎないほうがいい」
僕はどきりとして、身動きできなかった。
「去年のパンデミックの中で、ちゃんと逃げずに就活と卒業、したんだろ?予想外のことや、イレギュラーなことばかりだったはずだ。それは学生にはない、すごい経験値だ」
ヤスナガさんは、また笑った。
よく笑う人だ。
僕まで口許がゆるんでくるような笑顔。
「今僕が新卒だったら、と考えるとぞっとするよ」
それからLINE交換をして、スタバを出た。
「こんど会うときは、名刺交換してくださいね」
僕が言うと、ヤスナガさんは
「ああ、その日を楽しみにしてるよ」と言って反対方向へ歩いていった。
嫁さん。子ども。
ぜんぜん縁のない単語だ。
責任感が、ヤスナガさんを輝かせているのかもしれない。
「さて!このままハローワーク、いくか!」
僕は久しぶりに空を見上げて、笑顔を作った。
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