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ショート・ストーリー~天使のお仕事2

ラッパの着信音が鳴り、ボスからマツヤマサトシのデータが送られてきた。次の派遣先のことだろう。

「先日の仕事は、楽であっただろうな」と嫌味までついていた。ナカタマヤの件を言っているのだろうな。

私の仕事は、人の子に幸運を授けて、「神様ありがとう!」と言わせることだ。確かに、ナカタマヤの時は、私はほとんど何もしていない。

「センパーイ、次任務期待してますよぉ」

下界でいう、アニメ声のような舌足らずの声を出すのは後輩天使のアンジェリカである。アンジェリカはオーストラリア担当だ。

「こないだ特別ボーナスもらったからまた頑張っちゃお」

憎たらしいことを言う。

実は私たち天使にも、査定制度が存在するのだ。人の子を増やすことは天界の一大ミッションのため、

縁結びや受胎に関わる仕事をすれば「大天使ガブリエル賞」がいただける。しかも査定ポイントは二倍だ。

私はちょっと最近数字が伸び悩んでいるため、今回は縁結び枠の仕事にエントリーしたのだ。

ガブリエル賞をゲットできれば、

「お値段以上サトリ」でマッサージチェアを買っちゃお。

そして、私はマツヤマサトシのもとへ降りていった。

降りた瞬間、バケツをひっくり返したような大雨に見舞われた。

私たち天使は濡れはしないが、視界が悪いのは困る。

マツヤマサトシは、傘を差したまま、ガラス張りのカフェの前に突っ立っている。

何をしているんだろう。私はデータを確認する。

ふむふむ。ここで見かける女性に恋をしていたのか。

私はカフェを覗きこんだが、閉店しているようだった。

人の子の世界では、昨年から呼吸器系のウイルスによる病気が流行っているとのこと。

その影響を食らったのだろう。

マツヤマサトシは、沈んだ目で微動だにせずカフェの中を見つめている。

暗いよっ!

大人しいんだよなあ、最近の人の子は。

ええい、ここで黙っていても解決しないわ。

私はデータを確認して、マツヤマサトシの想い人のところへ飛んだ。

マエダミホは、自宅にいた。

WEBデザイナーというのだろうか、パソコンに向かって常にカチカチ作業をしている。

しかし、いつも思うことだが人の子は忙しい。
大小いろんな画面に向かっている時間の多いこと。

私たちはみんな、天通力でやりとりするため、文字も映像も使わない。

まあ、だからあの憎いアンジェリカの声も拾っちゃうわけだけど。


マエダミホは仕事を終えたのか、ゆっくりと背伸びをした。
サラサラした髪の毛が揺れる。

なかなかの美人である。まあ、私ほどじゃないけど。

データによると、マエダミホは例のウイルスの影響で、自宅勤務になったらしい。

だから、マツヤマサトシが張り付いているカフェにも行かなくなったと、そういうことか。

ウイルスも罪作りだわねぇ。

マエダミホの部屋は、センスがよかった。茶色のスケッチブックが何冊も本棚に並べられている。

ほかには、紀行文や海外のガイドブック、洋書もある。
旅行に興味があるのだろうか。

「さて、終わった終わった」
マエダミホは、スケッチブックを手に取り、いろんな雑誌を切り抜いて貼り始めた。パステルで色をつけている。

「ビジョンマップ?」

思わず声に出してしまった。マエダミホが怪訝な顔でこちらに顔を向ける。

ヤバイヤバイ、この子わりと感じるみたい。気をつけよう。

「うーん、なんか今日は調子悪いなあ」

マエダミホは窓の側までいき、ため息をつく。

「カフェオレ飲みたいけど・・・雨ひどいしなあ」

よおおおし!今だ!

あのカフェに行かせよう!

私はマエダミホの中に入った。ふんわりと、いい香りがする。

強引に体を乗っ取り、動かしてもいいのだがそれだと「人の子の意に添ってない」ということでマイナスを喰らう。

ここは、自然に。あくまでもナチュラルにいこう。

傘をさして、最寄り駅まで向かう。ああ、湿気がすごい。超不快。

人の子の体にいるときは、瞬間移動ができないため、ツラいのだ。


マツヤマサトシは、まだあの場所にいるだろうか。

カフェの前まで来ると、まだ同じ姿勢で立っていた。スマホをいじっている。

アンタ暗いわよ、

マツヤマサトシ。

まったく私の好みではないが、幸せになってもらわないといけない。

マエダミホの中にいる私は、声をかけた。

「閉店しちゃったんですね。ここのカフェオレ、おいしかったのに」

マツヤマサトシは、ハッと顔をあげた。

「あ・・そ、そうですね」

次の言葉が出ないのか、目がうろうろしている。

「ほんとはここで作業したかったんだけどなあ」

私はわざと困ったふりをする。


来い!来るんだ!

マツヤマサトシっ!男になれ!

「あ、あのっ!よかったら、あっちにもカフェあるんで行きませんか?」

よおおおし!


私はマエダミホの体から離れる。この先の会話がうまくいくよう、ぼんやりと記憶をのこしてやる。

「あれ・・・?わたし?」

マエダミホは目をぱちくりしたが、

「あの!〈キッチンとも〉のサンドイッチ美味しいんで!食べませんか!」

と一生懸命に話す目の前のマツヤマサトシにほほえむ。

「はい、喜んで」

「ああ!神様!ありがとう」

マツヤマサトシの心の声が響く。


工程表がヒラヒラと落ちてくる。
縁結び部門、ミッション終了!


そして私は、じめじめしたニッポンから
天界へともどった。



3日後。

私は天界ポッドキャストニュースで業績速報を見ていた。

あれ?「ガブリエル賞」はなぜかアンジェリカと半々になっている。

「センパーイ、案件引継ぎありがとうございましたあ」

アンジェリカの声がする。

「サトシ・マツヤマはあれから彼女とオーストラリアで結婚しましたあ。

私が受胎担当したんで、センパイと共同案件になりましたよぉ」


天界の1日は、人の子の1年にあたる。

あのビジョンマップに、

確かにオーストラリアの地図が書いていた!

「マツヤマサトシ、男気出したわね」

私がそう呟いたとき、

「こんにちはー、お値段以上サトリですー。お届け物でーす」

天界宅配が届いた。

私は、請求書を見てため息をついた。


今日の天使のミッションは、このカップル↓


ピリカグランプリの賞金に充てさせていただきます。 お気持ち、ありがとうございます!