見出し画像

ゆきさん

星になったゆきさんみたいになっちゃったけど。彼女は東京のどこかで今日も生きていて、六日前からコロナで苦しめられている。ガチャガチャの祭典に行きたかったとかなんだと嘆いて、ゲームの最新情報を教えてくれる。彼女の苦しみに、昔ほど寄り添えなくなった気がした。私の熱は下がってしまったというのか、落ち着いたと肯定するべきか。

絶え間なく降り注ぐ冷たい雨の中、私たちは偶然居合わせた。いや、ゲージギリギリで歩き続ける初心者の姿に、中級者なりかけの私はストーキングせざるを得なかったのだ。灯して姿を確認すれば、序盤に手に入るシンプルな長髪と茶色いケープをまとっていた。鳴いて、大きなたき火のあるところまで案内した。従順についてくる動きに心を打たれる。これからこの世界を歩んでいくに当たり、重要な瞬間に立ち会っている。どうか素晴らしい空を羽ばたいてほしい。楽しさを知ってほしい。あと、あわよくば友達がほしい。たき火を囲んで話をする。雨で元気がなくなっていくことは理解しているようだった。物分かりはいいのではないか。羽を集めているとか精霊を探しているとか、あるいは右も左も分からないとか、はたまた今日の晩ご飯だとか。なにを話したのかは覚えていないが、きっと優しいやりとりだったと思う。

数ヶ月後には良く遊ぶ仲になっていた。敵対生物の交わし方とか、効率のいい空の飛び方だとか、自分もおぼえたてなのに、精一杯背伸びをしてたくさん教えた。初期スキンとシーズンアイテムの混同したコーディネートで胸を張って。でも先輩面はしないように、同じ立場に立って、と、念入りに距離を縮めていった。彼女も慎重なようであった。私がほかのフレンドと遊んでいる時には飛んでこなかった。遭遇すると、失礼しましたといってすぐに去ってしまう。それが大変歯がゆかった。より彼女が気になった。当時1番仲良くしたいプレイヤーであったし、誰よりも一緒にいたかった。なにげない会話が心地よくて、現実の友人ですら時に困るような私の冗談のセンスが、彼女にとってはそこまで特異ではないらしく、おもしろく受け流してくれる。時間を割けば割くほど、愛おしくてしかたない相手になった。

次第にエスカレートしていった。いつもならオンラインであるはずの時間帯なのに居ないとき、今何をしているのか、気が気でなかった。彼女が現実でどんな人間をしているのかなんて、知る由もないのに、イケメンとパーリナイしてたらどうしよう、私のことがどうでもよくなってしまったらどうしよう、ああ脳内を私だけで埋め尽くしたい、私以外考えられなくして、なにも心配する必要のない2人だけの世界に閉じこもりたい。大好きなゆきさんと話している時間が1番幸せで、救済であった。学校の人間関係も楽しくなく、男性になりたいと思うなかで女性であることを突きつけられるリアルに対して、性別不詳のアバターで自由に振る舞える世界の虜になっていた私は、そこの住民への執着も醜いまでに育ててしまっていた。見返りを求めるタイプではないが、注いだ時間と労力も、少なからずその執着心の餌になっていたと思う。悪循環であった。

勉強に専念しなければいけない時期が来て、深夜帯に遊ぶのはやめようという話になった。しかし守れなかった。訪れればそこに彼女がいるのである。最大の安寧が、壊したくない大切になった途端、もうどうすれば良いか分からないまま混乱して、彼女に縋って甘えることしかできなかった。案の上嫌がられる。嫌われるほど怖くなって追いかけてしまう。ねえ嫌いにならないで、嫌いになっていないよね、確認するほど嫌われるのが分かっていた。焦燥、不安感が、それらを止めることを選ばせなかった。ただ私が弱かっただけの話である。

決定的な終わりが来た。彼女がアバターを放置しているところで、私は小説の台詞を吐いた。自殺をほのめかすようなものである。自分の中ではそうでもなかったが、彼女にとっては、重大な欠落だったのだと思う。せめて見ていないと思っていた。しかし彼女は確かに目にして、私に最後の失望をしたのである。前々から独り言は趣味であった。読まれないで消えていく言葉達を愛でる刹那が好きなのである。ただ失敗だった。縁を切った。

1ヶ月ほど何も手につかなかった。全てを失ったような心地で居た。ふとした時に涙がこぼれ、またふとした時に感情を亡くした。自室のフローリングに水たまりをつくってはそれが塩の歪な円になった。おもむろに舐めるとその時だけ味覚を取り戻した。それが幾度も。一生分泣いたと思われる。すれ違う全てに問う勢いでいろいろな人に話した。親同輩親友知り合い教員カウンセラー公園の浮浪者バス停の老人空虚、ただ空虚にも向った。見つからない。縋るものが見つからない。時間が薬だと言われても、ただ時が過ぎるのを待つだけで苦痛が甚だしい。次を見つけろと言われても、みることをするだけで彼女を思ってしまう。一緒にしたこと、おはなし、時間、空間、支え、放棄、怠惰、還元、利害一致、悲しみ、悲しみ、悲しみ。

半年ほどたって、ようやく傷も治まってきたころ、ぽっと復縁できた。それなりの執念で地道に築いたルートだったと思われるが、なんとなくしか思い出せない。

それからまた遊ぶようになった。Skyはゆきさんとするのが1番楽しい。ソーシャルギフトなんかも贈り合って、現実世界でお揃いのポーチを持っている。正直、まだゆきさんと結婚する可能性を諦めきれない。会うのはおろか声を聞くことすら許されないが、最近通話に興味があるという。ちょっとずつ確実にその道へ進んでいる。我々は諦めない!ゆきさんとの結婚を!!

20240604
終わらせ方が雑すぎるので続きを書く。
これほど熱したのにはもう一つ原因があったように思う、「はゆさん」の存在である。其奴はゆきさんにダル絡みを繰り返し、なんだか距離が近かった。世話と手間をかけさせて、ゆきさんもそれに応えるから、見ていてハラハラしたのである。「ゆきさんはお世話のし甲斐がある方が好きなの?」と純粋に聞いた覚えがある。質の悪い恋敵であった。
復縁後は前のような「嫌われたくない衝動」が起きなくなった。ゲームもあまり触らなくなり、平気で数週間やりとりをしない。それでも話している時は凄く楽しいし、ふとした時ゆきさんのことを考える。自立した愛なのかもしれない。執着心が凄かった分、この平然とした心地が異様に思えてしまう。もう飽きたのか、悲しみに暮れるうちに目的が復縁へと変わってしまい、目的を果たしたらあとは何もないのか、開き直って次の依存先を探すなどしている。どうやら熱は冷めたらしい。けれど、何かあった時「私にはゆきさんが居るし」と思える。確固たるものになったらしい。所詮ネット、されどネット、消えていくものじゃない、ずっと残って支えてくれる、確かな強みを手にした。

20240625
想って不安定になることがある。やっぱり好き、諦められない。他の依存先を探すたび、それでもゆきさんしかいないんだと思う。なのに、連絡を返さないことがある。まるでどうでもいい相手のように。実体のないものとしての限界か。適当なメンヘラを拾ってよしよし慣らしたところで急激な説教をして縁を切る趣味がある。思えばそれはゆきさんにされたことではないのか。私に友達ができないのは、ゆきさんを思うばかりなのではないか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?