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木守柿は誰の分け前?

柿の旬は秋ですが、冬に葉を落として高い枝に残る柿の実を「木守柿(きもりかき)」といい、季語は冬です。田園の中での木守柿は、日本人の心にはジ〜ンと来る原風景ではないでしょうか。

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一般的には、来年もよく実がつくようにという気持ちをこめてのまじないの意味なのですが、「木守り」とは幸魂(さちだま)の信仰なのだそうです。ここで、ひとつ考えてみました。生産物を全部収穫しないで一部自然に残すものはあるだろうか、と。調べてみても、柿以外該当するものは無いようです。民俗学の世界では、神と人間との贈与関係において、翌年の豊作の期待をこめて人間側から神に差し出されたものとして、収穫の一部を残すという形で存在しているという考え方があるようです。(柳田国男『トビの餅・トビの米』)これは、古代から続く神様と人間との食物を巡る関係で「神饌」というジャンルにまで話が広がって、非常に面白いです。柿の一部を樹に残すのは、人間が収穫してものを鳥たち分け与え、それを啄みにくるのだとも。いや、柿がたわわになっている樹でもカラスすら無視しているのをよく見かけます。まぁ、流石にどん欲なカラスでも、渋柿は苦手なのでしょうか。写真にあるように、収穫されてない柿が雪の降りしきる中で枝に付いているのは画としてはきれいですが、誰も柿を取ろうともしないのです。こんな柿を穫ろうとするのは『サザエさん』の中のカツオ君くらいのものです。

柿は弥生時代から奈良時代にかけて大陸から渡来したという説がありますが、大陸には甘柿は存在しなかったらしく、秋になるとたわわに実る甘柿はやはり日本固有の果物と言ってもいいのです。実は、ここ3年間ほど柿の新しいブランド化に関わっているので、柿に関しては大変興味を持っています。甘柿の代表格は「富有柿(ふゆうがき)」や「次郎柿(じろうがき)」で、渋柿の代表格は「平核無(ひらたねなし)」が有名で、日本全国に1,000種類以上もの品種があるのです。

以前、長野県・南信州の「市田柿(いちだがき)」のお披露目のお手伝いをしたことがありました。JAみなみ信州や飯田市が真剣にブランド化に取り組んで成功し、現在では人気の商品になっています。この時に柿の収穫がいかに大変かという話を組合長さんに聞きました。高齢化が進み、高い位置にある柿の収穫が難しいのだそうですが、若い後継者を育成して、さらに柿の収穫をもっと楽に出来る方法を開発したそうです。そう考えると、高く細い枝に付いている柿を穫るのは大変なことですね。それなら無理をせず、木守柿として残した方が良いと思ってしまいました。でも、こんな事を言ったら風情も何も無いですね。

別の角度から考えると、自然界の調和やバランス感覚だと思うのです。現在、農産物だけでなく海産物なども乱獲によって資源が枯渇している場所が多くあります。大量に穫って、大量に流通させて、消費者は一見安価に届いている錯覚に陥りますが、乱獲によって時とともに収穫量も減っていき、結局は自分達が困ることになるのです。適度の生産と収穫で、適切な価格で消費者の食卓へ届けられるのというが、長いスパンで考えると、自然と人が共存出来る世界だと思うのです。そういう意味では、全部穫らずに残す「木守柿」は、これからの農業や水産業のシンボル的な意味があるのではないでしょうか。

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(2017.1.27公開)

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