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中国語エッセイ翻訳チャレンジ

 中国語を勉強するうえで、いろいろ考えたので、一冊の本を翻訳してみようと思います。
     『舌染红尘 人生就是由味道组成的日子』荆方 著/绘

 という本です。ジャンルとしてはエッセイで著者の食べ物と思い出を絵とともに書きあらわしたものです。私はこれを南開大学の中にある書店で買いました。留学生なんだけど中国語の勉強に数冊購入したいとお願いするとこれなんかは比較的読みやすいと思うよと持ってきてくれたうちの一つでした。今回のタイトルはこの本のタイトルの日本語訳ですが、正直ちょっとこれであっているのかなかなか難しいなぁと最初の最初から戸惑ってしまいました。

 ともかく、全部を翻訳するというのはなかなか骨も折れるし、著作権の問題もイマイチわからないので、とりあえず序とほかの数章を訳していきたいと思います。中国語の文章としてものすごく素晴らしいかといえば、自分としては三毛の文章などの方が好きだったと、ほかの本を読んでから気が付きました。ただ、この本は著者の生活や異国の食文化が垣間見えてとても興味深い読み物でした。



          舌染红尘

 味蕾が誕生して以来、人生は味が作り上げた日々である。大きなものは豪華な宴席から、小さなものは子供の時のゴマ団子まで、少しずつ我々の一生を満たしていく。

 我々の一生の中で、味わった味はまるでカセットテープに録音したように、味蕾から脳に伝わり記憶されている。

 たとえ長い時間がたとうとも、毎回その味に出会うごとに大脳が記憶の中から瞬く間に取り出される。その味に記憶された人生の酸いも甘いも(酸甜苦辣)、それに纏わりつく悲しい思い出やひいては愛憎の感情もどっと押し寄せてくる。あなたのその舌での受け取ったものは頭の中でいっぱいになって、あなたを泣かせ、感動させ、悲しませ、あるいは幸せにさせるだろう。

 ”味”はあなたを粉々に打ち砕き、また新たに形作る。そして我々はかみ砕いた食べ物を飲み込むまでの一瞬の間に、心は遥か千里のかなたを越えて当時の自分と握手している。

 私が年老いた時、一番楽しみなのはあの時の味を思い出すこと。世間も既に年を取って時間は過ぎ去っている。ただ頭の中のカセットテープに記録されたあの味の輝きは依然として美しいままだ。

 私たちが苦労してやっと探し当てたテープは、広大な食事の記憶の中のいつどこのものなのか?その答えがわかるのを待っている。

 そして椀の底に残った一口のスープにその是々非々や恩讐の一切が残っている。あの素晴らしい味わいはすっかりなくなってしまうだろう。すべての事は過ぎ去ってしまっても、みんな日々色あせていくこの体の中にしまわれているのだ。

 ただ味覚は私の中で共に生き、そして一緒に老いていく。

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