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スプリングスティーン尽くしの映画を観て、関係ないけど僕は「アレンタウン」を聴いて泣く。

我が事に置き換えて勝手に感動しよう。自由とはそういうところにもある、はず。- - - - -  『カセットテープ・ダイアリーズ』感想


まだ薄暗い変な時間に目が覚めてしまった朝、何をするでもなく手元のスマホでいろいろ徘徊していた時にタイムラインに流れてきた新作映画に関するツイート。ちょうど公開し始めたばかりの『カセットテープ・ダイアリーズ』の情報だった。ブルース・スプリングスティーンの音楽に魅了され心を奪われた一人のティーンエイジャーの、鬱屈とした毎日からの逃走と疾走の青春物語。リンク先のトレーラーから受けた印象はおおむねそんなところだった。シンプルなストーリーラインの気がする。音楽の使い方がカッコいい。そして何より、「ボーン・トゥ・ラン」がメインどころのようだ。個人的にはそこが嬉しかったし、楽しめそうな気がしたので観に行くことに決めた。


僕はそこまで詳しくないのだけど、スプリングスティーンといえば「ボーン・トゥ・ラン」が好きだ。もちろん他にも素敵な曲はたくさんあるし、むしろ同曲はあまりに有名なのでコアなファンからしたらベタすぎるとか言われるのかもしれない。知らんけど。でも僕はこの曲が歌詞・メロディともに好きだし、公式で挙げられているMVのライブでのハシャぎっぷりも大好きだ。この賑やかで力強くて楽しそうなところ、まさにスプリングスティーンって感じがする。
まぁ最悪ツボにハマらなかったとしても「ボーン・トゥ・ラン」よかったよな、って言えればいいかくらいのテキトーな気持ちで映画館に向かった。朝一の回。

感想。僕は好きな作品だった。
個人的には大きく三つほどいいなと感じるポイントがあったと思う。

1、列挙できるわかりやすい要素とド直球の魅力
2、時勢が感じられることで伝わるもの
3、走り出して成長したからこそ見えてきた別側面

1について
英国の不景気。移民の息子。差別や偏見。救いとなる音楽。家族との軋轢。努力と評価。成長と気づき。和解と前進。支え続けてくれる音楽。
ストーリーの土台となっているところを箇条書きするなら概ねこれで足りる。あーなるほどそういう話ねと思ってくれる人がいたらありがたい。実際そういう話だった。そしてこれらは先に貼ったトレーラーからもだいたい伝わる要素だったハズ。実際、結構そのままだった。世に数多いる映画評論家的な方々からは意外性がないとか言われそうな気もするけれど、こちとら青春物語をアメリカが誇る“ボス”のロックサウンドで彩るぜ、みんな走るぜって話なんだよな。これ以上に複雑な要素を入れる必要があるかといえば、僕は正直いらないと思う。

2について
本編は80年代後半のイギリス。主人公はパキスタンからの移民の息子。イギリスはもともと植民地として支配していた、いわゆる宗主国であった国だ。そこにいかような意識があるかは各人複雑だろうけれど、裕福さを求めイギリスへ移り住んだ人が少なくないことは事実である。そして皮肉なことに当時はイギリスもまた景気が芳しくないし、サッチャー政権下で「小さな政府」のもと運営されていた国ではコストカットなど様々な痛みが伴っていた。このへんの時代描写を冒頭でざっと見せたうえで、いろんな立場の葛藤やそれに伴う軋轢を節々で映し出していたのが印象的だった。「不景気」や「偏見」などの有り体な単語で書くと一見ありがちでいかにも単純だけれど、そこには立場や考えが人の数だけあって、苦しさもいろんな形で存在する。困窮した状態だからこそ移民を排斥しろと声高になる人が現れる、なんてのは今もある話だ。歪みが生まれる背景はいろんな連鎖の末なんだと感じる。それらが土台としてしっかり描写されているのが「どうしようもなさ」として伝わってきて、だからこそとても説得力があった。

3について
素敵だなと思ったのは、上の箇条書きでも挙げたけれど「成長と気づき」のところ。心の支えとなる音楽を見つけ、少しずつ仲間や理解者も得ることで力強くなっていった主人公は、あるとき流行のテクノサウンドにハマる旧友を「逆に」こきおろす発言をしてしまう。その後謝罪とともに和解に至るのだけど、人の趣味にケチをつける権利はないんだと「主人公側が」叱責されるシーンはとてもいい。「逆に」と表現したのはそれまで主人公がマジョリティ側ではないシーンが続いていて、それを乗り越えて進むのが話の骨子としてあったからだ。それでも少しずつ力をつけてきた主人公が、ふいにさじ加減を見誤って失言をする。今まで偏見をぶつけられていた側にもかかわらず、である。
人は恐ろしい。どれだけ自ら背負ってきたものがあったとしても、その経験をプラスに活かせるとは限らない。見誤ることだってある。そしてそれは往々にして自分では気づかなかったりするのだ。
後半には父親との確執について、主人公自身も認識の甘さがあったことを改めるシーンがある。物語としては終始父親の典型的な家長としての「強さ」に苦しんでいた構図だったのだけど、すべてにおいて父のせいで……と考えるのは違うと気づく。それは喧嘩両成敗という意味ではなく、父も大切にしていたことがあり、それゆえ守ってきたものもあるという事実。それを一面的に悪とだけ言うのは簡単だけれど、世の中って結構そうじゃないよねと。そういうことを語り得る段階にまで主人公が至ったところをストーリーとして描いてくれていたのが嬉しかった。

以上のようなことが個人的には魅力としてあって、観ていてとても感じ入るところがあった。あと好きな曲がめいっぱい使われていて嬉しかった。


だから僕はビリージョエルを聴くしクイーンを聴く。スプリングスティーンも聴くけど。

本作は終始スプリングスティーンに、そして彼の楽曲に支えられ、背中を押されて駆け出した一人の青年の物語だ。だけど作品の構造として大切なのはそうした「好きなものに支えられ前に進む」という事実である。これを自分の好きな事や物に置き換えて考えるのは多少図々しいけれど、わかりやすさや共感への早道でもあることは確かだと思う。
僕は鑑賞の途中で洋楽にハマっていた学生時代の自分を思い出した。おぼろげな記憶に重なって流れる音楽はビートルズだろうか。クイーンだろうか。本編中ではスプリングスティーンに明るくない友人がポスターを見て「ビリージョエル?」と間違えるシーンがある。笑うところではあるけれど、ビリージョエルも長くアメリカの音楽シーンを走り続けた人だ。ボスとは曲調も世界観も違うけれど、メッセージ性は溢れていたし、とても素敵だったことには間違いない。僕はちなみに「アレンタウン」という曲が好きだ。それを思い起こさせてくれる作品だったし、そうした想像の飛躍へのシームレスさもこのお話の魅力だったのかもしれない。

余談になるけれど、クイーンといえば近年『ボヘミアン・ラプソディ』という売れに売れた映画があった。あの本編でも序盤でフレディが「パキ」と呼ばれ「違うよ」と訂正するシーンがあった。移民の中でも特にパキスタン人への侮蔑と偏見の目が強くあったんだなということがいずれの作品からも見て取れる。そうした時代の背景を拾いつつ観ていると、言葉の重みがまた違って感じられたりもする時がある。必要なことだと断言する気はないけれど、それはひとつ幸せで、そして大切なことでもあるんだと思う。

閑話休題。夢中になれるものを心に抱いて、それに「勝手に」勇気づけられて前に進んで、時には救いの言葉を求めたり、時には感謝をしたり。好きってそういうことが広がっていく良さがある。それは根源的なもので、そして対象はなんだっていい。それが何であれ、その姿勢すべてがきっと青春なのだ。

結論、物語から何を汲み取るかは観る側に委ねられるところが大きいし、答えなんてひとつじゃない。エンタメ映画として観てもいいし、それ以外の部分に惹かれてもいい作品だったと思う。僕は僕なりに「我が事」として置き換えつつ鑑賞したし、勝手に感動しただけだ。
本編中に主人公が追い求めた自由。自由とはそういうところにもあるのかもしれない、などと思いながら。


Bruce Springsteen - Born to Run


Billy Joel - Allentown


ちなみに、友人に概要と感想を送ったら、

「映画終わって劇場から出てきたら袖破れてそうな展開で笑う」

と返ってきた。実際主人公もチェックシャツの袖なくして友人に呆れられていたからまさに、という感じ。察しがいい。


追記。
コロナが大々的になって以降、初めて映画館に行った。映画館も当然ながら様々に対策が取られている。他所の例は知らないのだけど、僕が行ったところは前後左右を一つずつ空ける形でしか席が取れない仕組みになっていた。仮に満席だとしても観客は半分しか埋まらないことになるし、座席も市松模様のようになる。皮肉にも左右の席が一つずつ開くので快適なシート感が増したように思えた。そう考えると、混み具合まではコントロールできないけれど、映画はある意味「今こそ観るべき機会」なのかもしれない。このご時世、運営は大変かもしれないけれどどうにか頑張って欲しい。応援しています。そして、また素敵な作品との出会いを求めて観に行きたいと思います。

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