散か雑か
有吉クイズの過去回をいくつかまとめて見た。とても面白い番組。なんで今まで見てなかったのかと後悔した。
ロバート秋山が渋谷区の公共施設をリポートする回が一番好きだった。数多の公共施設の、所有団体が都なのか区なのかを気にしているだけの「都か区か」といういかにも秋山らしい歌ネタがあり、それをもとにした企画。
渋谷区にある十数階建てのビル施設を秋山が館長とともに散策し、各階のプラネタリウムだったりギャラリーだったりそれぞれの運営団体を調べていく。ある区画はビルを所有する渋谷区が、またある区画は委託されている民間企業が管理していたり。
秋山の、なんともニッチな笑いにはいつも打ちのめされる。都か区か。いたってどうでもいいこと。調べればすぐにわかることであり、一切の謎も神秘も持たず、象徴性も帯びはしない単なる事実。乾いた情報。それにこだわる行為には、なぜか快感がある。
撤退した退屈というものの、倒錯的な愉悦。「単純な意味」の開放感だろうか? 重く、複雑な意味でもなく、その反対に、無であるがゆえにあらゆる意味を孕んでしまう無意味でもなく、「単純な意味」だけが与える快感が、たぶんあるのだ。
この快楽を持つものとして、すぐさま思い浮かぶ装置が一つある。散文である。書いていることしか書いていない(ことを少なくとも理想とする)文の形態。「単純な意味」にまで削ぎ落とされた言葉の開放性。
散文ともう一つ、雑貨にも俺は同種の快感を覚えるのだが、これはなぜなのか、まだうまく考えがまとまらない。
しかし、散文と雑貨という言葉を並べてみて、なんだか似ているなという気がする。
「散」と「雑」。
雑文、と言うと散文とは語義がズレるけれど、しかし散文ではない雑文を少なくとも俺は知らない。散文の雑貨性、あるいは雑貨の散文性、これから折に触れて考えたいことだ。
柴田聡子の雑感を、不意に思い出す。その歌詞は、極めて散文的に綴られていた。またあるいは、ロバート秋山が中川家のラジオで語っていた話も思い出している。飲食店なんかに入ると、その店のホームページを調べて、沿革を見たり、「あのグループの系列なんだ」とか知るのが楽しいと。これは俺もよくやるので、深く共感。そして、三品輝起や堀江敏幸などの雑貨にまつわるエッセイで、物についてその製造社や流通の仕方について記述した文章を読む時にも、同じ喜びを強く感じる……。
散、という字から連想するものとして、散歩がある。
有吉クイズではしばしば有吉やゲストの散歩の様子を取り上げていて、番組のコンセプトというか、番組作りを貫く感性に、秋山の笑いとの親和性を感じる。散歩を面白がる番組が散文的な笑いをキャッチアップするのは、自然な気がする。
ちなみにある回では、有吉が有元葉子の料理を食べるという企画があったのだが、雑貨とは切っても切り離せない「ライフスタイリスト」の第一人者である有元というキャスティングにも、この番組の感性について納得させられるところがある。
しかし、恒例企画となっている有吉の散歩VTRの味わいは、秋山の笑いとは微妙に違ったものだ。
秋山出演回でも有吉散歩企画があったので違いがより際立っていた。その回での散歩は、有吉が道中で気に留めたものがあれば、それについて後日スタッフが詳しく調べた情報をその都度差し込む、という構造になっていた。
そこには、散歩という営みを魅力的にコンテンツ化する際の、定番とも言える精神性が見える。つまり、散歩をささやかな気づきや喜びによって肯定する、という手法だ。秋山の企画においては情報が単に情報として提示されていたのが、有吉の企画においては、深掘りの対象としての謎になっているように見えたのだ。
ここで一応言っておきたいのは、こうやって秋山の笑いへの愛を語った後にそれに対置する形で散歩をモチーフにしたコンテンツを出すと、後者の精神性を俺が嫌悪しているかのように見えかねないが、そんなことは全くない。むしろ人並みより好きなほうだと思う。もっといえば、雑貨にもそういう面が多分にあることについて気になる。雑文についても然り。この二つの精神性は、相反するというより、一つの嗜好の二つの段階というふうにでも考えたほうがいいのかも。
散歩をモチーフにした作品が、ジャンルを問わず、いくつか頭に浮かぶ。俺が不勉強なせいもあるだろうが、その全てがことごとく、些細な気づきや喜びを取り上げる型のものである。
もし、散歩をそのような方法ではなく、退屈の倒錯的愉悦として位置付けようとするなら、どんな語り方になるだろう。その角度からも散歩という行為を見てみたい。少なくとも言えるのは、実際の散歩とは全く退屈なものであるということだ。実際から近い表現が優れていると言いたいわけではないが。ただ、色んな角度から彫琢しうるポテンシャルが散歩という概念にはあると思っているだけである。
散歩、散文、雑貨、雑文、雑感、雑談……色々な「散」と「雑」が、頭の中を巡っている。
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