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病気の羊



快晴の空が寒風に冴え渡るような午後、散歩へ出かけた。
公苑までの道で、植え込みのすすきがきらきらと光を散らしていた。近くに寄って眺めてみると、なんとなくきたならしい。風に揺れている姿を、遠くから目にしているのが良い。儚い生として、土から生えているのではなく風と共に流浪するとこちらは思い込みたいものだが、あちらにしてみれば知ったことではないだろう。いや、知ったことではない、ですらない。

植え込みの一画に、木枠で囲われた小さなスペースがあって、数株の色の強い花が咲いている。看板が立っていて、近くの保育園の園児たちが植えたものとある。季節が巡るとまた植え替えるらしい。
等間隔に並ぶ花と花は、全体の外周を囲うものと、その内側のものとでそれぞれ色が統一されていて、秩序だった印象を受ける。整列する園児たちの、制服の帽子を被った頭を上から眺めているみたいで、なんとも可愛らしい。

公苑の入口に、機関車のデザインを施したバスが停車していた。保育園の名前が車体に書いてある。園児たちがぞろぞろと降りてくる。
黄色く色づいた銀杏の葉の散り敷く並木道を、子どもたちを追い越して進む。
噴水のある広場へ出る。園内を巡る道が、三方へ続く。道と道とに挟まれた角にある、ゴリラの銅像がサンタ服を着ていた。そうか、そんな季節か、と思った。それから、なんでゴリラにサンタ服着せるんだろうと思い、更にそれから、っていうかどうしてここにゴリラいるんだろう、と思った。

広場から正面へ進むとすぐ、林の中に羊小屋がある。小屋の前は柵に囲われてちょっとした草地になっている。
羊の形をした看板がある。案内事項を記載してある、ラミネートされた紙が貼られている。どうやら、三頭いるうちの二頭が、相次いで死んだらしかった。残る一頭は病気で、小屋で安静にしているとのことだった。
小屋は柵の奥にある。コンクリートで舗装された道から林に踏み入り、そちらのほうへと回った。
遥か頭上まで伸びる樹々の、生い茂る枝葉を透かして陽の光が落ちていた。枯葉の積もった地面に複雑な形状の光と影とを織り成す。踏みしだく足元は柔らかく、乾いた淋しい音がする。他に見物客はおらず、その足音だけがする。

まるで童話や絵本に出てくる家のような、簡素な木製の小屋。渋い風合いに染まった切妻屋根に、木漏れ日が照り生えている。
壁に一つだけ覗き窓があった。網のようなものが被せてあって、中は薄らとだけ見えた。
白い毛に覆われた体があった。横になっているのはわかるが、そこが体のどこなのかもよくわからない。
ただ羊とわかるだけで、他にはなにもわからない白い体を、ただぼんやりと眺め続けた。声も掛けなかった。時々、痙攣のような動きをした。
夫婦らしき老人が、こちらに歩いてきた。男のほうが、背後を通り過ぎて先へ歩いて行き、女だけが立ち止まった。隣で、小屋の中を覗き込もうとしている。何か話したそうな気配があったので、それとなく会釈すると、これはなんなの、と尋ねられた。すごく上品なところのある、ゆったりとした口ぶりだった。羊がいるみたいで、と答える。へえ、羊さん、と目を輝かせて、また小屋を覗こうとする。病気してるみたいで、ずっと寝てるんですよ、と言った。背が低いから見えないわ、と言う。それでも、立ち去ろうとしない。二人でなにを言うでもなく、並んで小屋を眺めた。
ふと、小屋から草地へと続くスロープが目に留まった。左右に手摺りのようなものがあって、そこに掛かるいくつかの白いタオルは羊の生活にどう使われるのだろうか、陽を受け風に揺れている。その奥に、歩く者のいない空っぽの草地が広がっている。上が開けていて、陽の光で明るい。低い草がさあっと風になびく。

やがて女が立ち去り、それから少しして、俺も小屋を後にした。
羊やって、と話している、制服を着た高校生くらいの青年二人とすれ違った。ちょっと歩いてから振り返ると、柵に足をかけて、覗き窓に顔を近づけている。
また歩き出したその時、背後の小屋から、鳴き声が聞こえた。俺にはサービス悪いやんけ、と苦笑しつつ、歩みを進めた。


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