その旨煮、異議あり
入院患者の楽しみといえば
ごはん。
運んできてもらうトレーにその日のメニューを書いてくれている紙で確認すると。
ふむ、今日の朝ごはんのメニューは、
白米。
お味噌汁。
漬物。
野菜の旨煮…。
やさいのうまに…。
……?
順調に楽しみにしていた私の脳内は突然素通りできない単語が入り込んできたことによりプチパニック。
大変だ。
時刻は朝7時。
こんな朝からプチパニックをおこしていては、今日という1日が慌ただしくなってしまうし、何よりご飯が冷めてしまう。
ご飯を食べながら、私の中の理性的な部分をかき集めて、原因を探り落ち着かせよう。
私が寝起きということは、私の中の理性も寝起きなので、少し心許ない。
が、理性が起きるのを待っていたらご飯が冷めてしまう。
いただきます。
味噌汁美味しい。
味噌汁とご飯って最高の組み合わせだ。
美味しい味噌汁を作れる女になろう。
なれたとして私は毎日作りたくなるような人にいつか出会えるのだろうか。
もしかしたら作ってくれる人に出会えるかもしれないし。
ねぇねぇ、この旨煮って何。
危なかった。
理性が食に引っ張られて別のベクトルに向かいかけたところで、事の発端と目があった。
私のプチパニックの原因の旨煮と睨めっこしながら、捻くれた私が手を挙げて
「一体旨煮というものは何なのだ。旨味の感じ方は人によって違うし趣味趣向も違う人間に食べられることが前提の料理にそんなうまいことを強要するような名前ついてていいのかね。100歩譲って上手かったとするよ?そしたらもう名前にうまいってついてるからうまい以外のボキャブラリーを駆使して感想を述べなきゃいけないような鬼高ハードル料理名誰がつけたんよ。ちなみにそれはどんな旨さなの?ちなみに私は甘辛いような、あまじょっぱいような濃いめの味が旨いと思うんだけどね、焼き鳥は絶対タレ派だしサバは味噌煮だし鍋はすき焼きだね。」
と早口で旨煮に対する異議を申し立てていた。
その間にちょっと冷めてしまった旨煮という料理はとても素朴な料理で、大根とか、にんじんとかを柔らかく優しく煮込んだ料理だった。
旨煮という存在に疑問を持ってしまってから認めるのが恥ずかしいけどうまい。
こんなことなら何の疑問も持たずに素直に旨煮を受け入れればよかった。
ハッとした。
気がついた。
異議を申し立てなきゃいけないのは旨煮に対してではなく、
旨煮と自信満々に名乗れることに対してのわたしが感じた嫉妬に似た感情に対してだった。
その料理を愛情を込めて作った人が旨いと思って名付けたのならそれでいいじゃないか。
そこに第三者の意見が入るなんて図々しすぎるんだ。
自分が思ったように、なりたいように、そうあって欲しいように名乗ればいいじゃないか。
勇気を持って名乗ったものがいるとするのならば、そこに対して神経を逆立てるのではなく、近づいてみて、素直に受け入れればいいんだ。
まさか旨煮に気付かされるとは思わなかった真理を咀嚼して、飲み込んで、体の一部になった。
あぁ、旨煮に出会えてよかった。
一応調べてみたら、
野菜とかをみりんとか砂糖とかお酒を使って、甘味を主体に煮込んだ「甘煮」が訛って「旨煮」になったんだって。
えぇ、って声を出していっちゃったもんね。
四人部屋なのにわたし以外誰もいない寂しい病室でよかった。
なんか、いろいろ自分が思ってるよりシンプルなんだね。
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