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祈りから生まれた文様たち



◇プロローグ・ペルシャ絨毯の神々しさ


ペルシャ絨毯というと、そもそもネームバリューが大きすぎて若干気持ちが引けてしまうところが誰にでもあるように思う。「高級絨毯」「世界一の絨毯」などいわれていることから、イメージが先行してしまい、このブログを書くまで私もおいそれと近づいてはいけない気がしていた。

これまで、絨毯の概要と素材の面からまとめることによりペルシャ絨毯そのものの価値を実感することはできた。
紀元前から原型が生まれていること、文明の始まりの水面下で発展を続けていたことなど長い時間に裏打ちされた何物にも代え難い歴史が重厚さを感じさせるのだろう。

しかしペルシャ絨毯に近付き難い理由は、本当にただそれだけだろうか?

ペルシャ絨毯は、何よりも見た目の美しさが際立っている。絵画のキャンパスのような外枠の中に緻密な模様が描かれ、全体から醸し出される繊細な美しさが多くの人を魅了する。その美しさは神々しささえ感じさせるのだ。
それゆえに近付きがたさを生み出しているように思う。

今回はその神々しさを生み出す文様について掘り下げていく。


◇デザインの構成


大まかなデザインは、外枠(ボーダー)の中に中央部(フィールド)を描いたデザインが主流となっている。
仮にこれを「第1階層」と名づけよう。

この第1階層の上に「第2階層」(仮)となる以下の4つがある。
・中心柄(メダリオン)…円や菱形などメインとなるデザインがフィールドの中央に施されたデザイン
・一方向柄(メヘラブ)…何種類かの模様が一方向に向けて施されたデザイン
・総柄(オールオーバー)…何種類もの模様が満遍なくフィールド全体に施されたデザイン
・画柄(ピクチャー)…人物や歴史上の一場面など絵画のように施したデザイン

さらにそれらの模様を構成しているのが、パーツ一つ一つが連なった第3階層(仮)のデザインとなる。
この階層には
・アラベスク文様
・エスリミー文様
・花瓶文様
・ボテ文様
などがある。

アラベスク文様:草花を抽象的に表現したデザイン
エスリミー文様:蔓が渦を巻くようなデザイン
花瓶文様:花瓶に草花や生命の樹を挿したデザイン
ボテ文様:糸杉や松ぼっくりを原型にしたデザイン。ペイズリーの名で世界中で親しまれている。

第3階層のいくつもの小さな文様が幾何学的にリズムよく配置されて第2階層となり、絨毯の上に万華鏡のような美しさを生み出している。

光の広がりを抽象化したようなメダリオン、生命の無限の営みを表現したようなエスリミーなどは神や人間以外の存在を想起させる模様に感じられるが、この感覚はほぼ当たっておりイスラム教に由来している。

このイスラム教との関係をよく表しているのが、デザイン構成の第2階層のメヘラブである。
メヘラブはもともとイスラム教の礼拝堂であるモスクに施された壁龕(へきがん)という「窪み」の意味がある。この窪みは礼拝の方角を意味しており、メヘラブの織り込まれたペルシャ絨毯を持っていればどこにいても礼拝を行える。つまり絨毯が「持ち運べる礼拝の場」となる。


モスクの天井を見上げたようなデザインのメヘラブ


メヘラブにも「ドーム型」「列柱と天井部アーチの合体型」「ホームベースの逆さま型」など様々な形状があるがいずれもアーチ状をしており、神の世界と現世をつなぐ入口の役割を果たしているように捉えられる。

ちなみにメヘラブを構成する主なデザインが第3階層のアラベスク文様・エスリミー文様・花瓶文様などである。

アラベスクはアラビア風という意味で、草花模様や多角形を連続的に配置したデザインをしている。メダリオンでもよく用いられており、ペルシャ絨毯ではよく目にする模様でもある。

エスリミー文様は花文や葉文が蔓や唐草で繋がっているデザインをしている。
こちらもペルシャ絨毯でよく見るデザインをしている。
また、日本の御神輿や寺院などの装飾にも使われることもあり日本人にとっては親しみの感じられるデザインかと思う。

ペルシャ絨毯は何層にも重ねられた緻密な文様から生み出された。
ペルシャ絨毯の原産国であるイランの主な宗教はイスラム教である。イスラム教は偶像崇拝を禁止しておりその中で、神そのものや神のいる世界を抽象的に例えた自然がデザインとして絨毯に織り込まれた。

ペルシャ絨毯と同じ国で生まれるギャッベのように、モチーフ1つ1つ(木=生命の樹、鹿=家庭円満、大きな四角=幸せを呼び込む窓など)に意味があるというよりも、絨毯全体で「祈りの場」として1つの意味を成している。

そこにペルシャ絨毯が存在する意義もあるように思う。

また、蔓によって繋がれた花々は永遠に溢れる生命力を表し、転じて神や神のいる世界を絨毯の上に表現している。
ブログの最初に提示した疑問「神々しさ」はこういった背景から醸し出されている。


◇エピローグ・実物で文様を探す楽しみ


ペルシャ絨毯の文様の違いを見つけることはとても難しい。
今回このブログを書くにあたり、当社の協力者である金子和明氏の撮影したペルシャ絨毯の写真を何十枚も見たが、見るたびにアラベスクとエスリミーのどちらかと混乱した。

だがこの混乱が、意外なほどに楽しいのである。
宝探しをしているようでワクワクするからだ。
宝物を探し続ける限り、私たちはペルシャ絨毯の上に夢を見続けることができる。

そしてその宝物は、私がアラベスクとエスリミーをよく間違えるように見る人によって違ったりする。
お互いに違う宝物をペルシャ絨毯の上に見つけ、分かち合って欲しいと願う。

ぜひ「くらしめぐり」で、平面に織り込まれた輝く神の世界を文様という宝物に注目しながらご覧頂きたい。



12/10-25 イベント「くらしめぐり


ペルシャ絨毯やアラベスク絨毯などの新入荷品をご紹介します。

参考文献/参照サイト
・著作:(2018)「絨毯で辿るシルクロード」


執筆者/学芸員 尾崎美幸(三方舎)
《略歴》
新潟国際情報大学卒
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)通信教育学部卒
写真家として活動
2007年 東京自由が丘のギャラリーにて「この素晴らしき世界展」出品
2012年 個展 よりそい 新潟西区
2018年 個展 ギャラリーHaRu 高知市
2019年 個展 ギャラリー喫茶556 四万十町
アートギャラリーのらごや(新潟市北区)
T-Base-Life(新潟市中央区) など様々なギャラリーでの展示多数
その他
・新潟市西区自治協議会 
写真家の活動とは別に執筆活動や地域づくりの活動に多数参加。
地域紹介を目的とした冊子「まちめぐり」に撮影で参加。
NPOにて執筆活動
2019年より新たに活動の場を広げるべく三方舎入社販売やギャラリーのキュレーターを主な仕事とする。

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