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鹿島槍天狗尾根遭難を総括する(遭難)(原文)⑧

学習院大学山岳部 昭和34年卒 右川清夫

「鹿島槍天狗尾根遭難を総括する(遭難)(原文)⑦」から

細井久栄氏の提言(その1)

 遭難に関し、2009年4月の山櫻通信に、細井久栄OBが、遭難の原因が明らかにされていないとの提言があり、事故原因を明らかにして、そこから貴重な教訓を学ぶ義務が残された者にあるという小論を下記のように発表された。

 表層雪崩の出るあらゆる条件がそろっているところで出発を決定した事実は明らかに「リーダーに当時の地域的な気象と表層雪崩の関係に関する知識が欠けており、危機意識がなかったと指摘する。 12月30日の朝、リーダー鈴木廸明は新人部員の訓練のために、デポの回収に出かけようと意見を変えなかったのは、一にも二にも、ことが4人の命の危険に直結との差し迫った「危機意識」がなかったからだ。 悪天候の中、訓練という名のもとに、出発したことが、遭難の原因であり、リーダー鈴木廸明は、この遭難の全責任を負うことになる。典型的な無知からくる、遭難だった」と結論づけている。

「地域の気象条件、表層雪崩の関係についての知識があり、当時の気象状況下で天狗の鼻の新雪は、一触即発の不安定な状況にあることを認識していれば誤った判断は防ぎえたであろう。」

(山櫻通信NO31号より抜粋)

 2010年3月28日、芳賀孝郎、右川清夫、贄田統亜は捜索に協力してくれた星野貢氏を大町に尋ね、真実を求めて、遭難の原因を突き止めるために、黒部観光ホテルで聞き取りの会を開いた。 星野貢氏によれば、救助隊として舟橋明賢OBとマカリ沢の地図ではよくわからないが、ちょうど、曲がっているところへ、1月4日に降りたところ雪崩の後をみた。 始めは雪崩に巻き込まれたのか、自分たちで雪崩を起こしたのかわからなかった。 結果的に舟橋さんも、雪庇を踏みを抜いて、雪崩を起こしたことは間違いない。

 雪崩発生は視界も悪く、下る方向を間違えてマカリ沢側の雪庇を踏み抜いてしまった。 狭い尾根だからちょっと外れればマカリ側によりすぎてしまう。 雪庇は天狗の鼻の地形からしてマカリ沢側にしかできない。

 12月25日に登った時の尾根の状態が30日までに、全く変わってしまった。 この間の異常に大量の降雪と北風でできた雪庇を踏み抜いてしまったとしか考えられない。 小谷氏が下った時はデポ地あたりでダケカンバの樹木が、頭の小枝しか見えない程の積深雪だったといっている。

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