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心中ものを聴いて初めて嬉し涙を流した話|むかし家今松師匠『心中時雨傘』

もう1ヶ月も前の話になるが、むかし家今松師匠の独演会にお邪魔した。

寄席で聴いたのは一度きり。なんとなく気になってはいたものの、いきなり独演会に出かける勇気は出なくて、Twitterのフォロイーさんに背中を押していただきようやく足を運びはじめ、今回が2回目の独演会参加となった。

たかが2回、されど2回。今回わたしは、今松師匠の紡ぐ世界にすっかりシビれてしまった。

* * *

仲入り後、「長講で『心中時雨傘』という噺をやります」と師匠が言った。

ここ最近、人が死ぬ物語ばかり観ていたこともあって、「心中ものかぁ」と少しばかりテンションが下がった。もちろん自分で選んで観に行くことを決めたわけで、どの作品も観てよかったと思えるものだったけれど、虚構の世界とはいえ、人が死ぬことに若干気疲れしていたのだ。正直、落語でくらい、楽しくやさしいものが聴きたい気分だった。

そんな勝手な都合で始まる前から少々気がそがれていたわけだが、その気分は物語が進むにつれてどうでもよくなり、さらには終盤になってアッと覆されたのだった。

やられた……!今松師匠にしてやられた……!そんな嬉しい裏切りに出会って、気がつけば夢中で拍手していた。

人情噺『心中時雨傘(しんじゅうしぐれがさ)』

三遊亭圓朝作の人情噺。谷中を舞台に、縁日の日に出会ったドッコイ屋(祭りに出す屋台商売)のお初と型屋の金三郎、夫婦の物語である。

後で知ったのだが、この噺は古今亭志ん生がかけていたそう(これもTwitterのフォロイーさんが教えてくださった。SNSとはほんに便利でありがたいシロモノだ)。YouTubeに志ん生版があったので早速聴いた。

今回私が聴いた今松師匠版は、志ん生版とは後半の筋が異なる。おそらく今松師匠のオリジナルだろうということで、オリジナル版の具体的な内容にはできる限り触れないように書いていく。が、察してしまう部分も多々あると思うので、恐れながらご注意いただきたい(具体的な内容は書かないようにするが、正直ネタバレはある。めっちゃある)。

『心中時雨傘』あらすじ
母親と二人暮らしのお初は、近所でも評判の親孝行な娘。器量もよく、縁談の話もたびたびあるが、母のことが心配なあまり断り続けている。

ある縁日の帰り、家路を急ぐお初は三人組の男に襲われそうになり、偶然通りかかった型屋の金三郎(通称・型金)に助けてもらう。二人は直接の知り合いではないが、同じ町内、互いに顔を見知った仲だった。助けてもらったことを感謝するお初は、恩返しに自分を嫁にもらってはくれないかと金三郎に申し出る。これにはお初の母もぜひともと乗り気だ。

しかし、実はお初を助けたとき、金三郎ははずみで男の一人を殺してしまっていた。金三郎はそのことが気がかりで「やがて明るみに出るだろうと思うと、とても嫁などもらうことはできない」と言えば、お初は「自分のためにそうなったのだから何年でも待つ」と返すのだった。結局、その日はうやむやになったまま、金三郎は帰路につく。

あくる日、案の定男の死骸が見つかり、町内は騒ぎに包まれる。お初が犯人として連れて行かれたと人伝てに聞いた金三郎は、急いで自分がやったことだと奉行所に訴え出る。取調べの結果、殺された男が前科持ちのならず者だったことから二人は釈放され、これをきっかけに夫婦となり、お初の母と三人での仲睦まじい暮らしが始まった。

秋のこと。大家さんの頼みで酉の市の売り子を手伝うことになったお初と金三郎。その帰り道、二人の家の方角で火事が起きる。家にはお初の母がひとり留守番をしている。よもやと慌てて駆けつけると、母が燃えさかる家のなかに取り残されていた。金三郎が助けに入り、なんとか母を救い出すことはできたが、金三郎は梁の下敷きとなり、右腕の骨が砕ける大怪我を負った。

翌年には母が亡くなり、また、金三郎の腕もよくなる気配は一向にない。夫婦共働きとはいえ、看病をすれば仕事に出られず、仕事に出れば看病ができない。生活が行き詰まっていくなかで、金三郎はだんだんと「自分さえいなければ……」と思うようになる。

ある日、お初が仕事に出かけた隙に、金三郎は石見銀山のネズミ取りの毒を手に入れて自害を図ろうとするが──。

お初と金三郎の静かなる心中

「心中もの」と一口に言っても、『心中時雨傘』は私が今まで観たことのある話とは少々趣がちがっていた。

たとえば近松門左衛門の『冥土の飛脚』や『曽根崎心中』、あるいはシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』──。若い二人が今が絶頂と燃え上がるように、何かに誘われるかのように、わずかのあいだに死へと走っていく物語とは違い、『心中時雨傘』には、夫婦となったふたりが穏やかに愛を育み、最終的にその生涯を静かに閉じる姿が描かれている。

そこへ至るまでには周囲を巻き込むような大きな事件も、派手な振る舞いもない。

誰に知られるともなく、ただひっそりと、ふたり連れ添って死出の旅に出るのである。一時の激情でもなく、ふらりと流れ着くかのように神社の境内で最期のひとときを迎えるふたりの姿は、穏やかであるからこそ、いっそう物哀しく、静かな美しささえ湛えている。

「自助」の社会からこぼれ落ちたふたり

この噺は、夫婦の物語だ。
殺人の容疑で捕まったときには互いに庇い合い、火事のときには自ら火中に飛び込む。相手が窮地に陥ったときにはいつも、自分の命を賭けてでも助けようとする、そんなひたむきな愛情が描かれている。

そんなふうに互いを思いやるふたりだから、金三郎が絶望して死のうとしたときに、お初が「どうか一緒に」と一蓮托生の道を選ぶことは何の不思議もない。「ああ……そうだよね、辛いけどそうなってしまうよね……」と思う。

だって、どうすることもできないのだ。

夫の金三郎は利き腕が不自由になり、これまでの仕事ができない。お初は外での仕事だから、稼ぎに出れば金三郎の介護ができないし、つきっきりで介護をすれば今度は稼ぐことができない。家でできる仕事に鞍替えすれば状況も改善できるだろうが、その元手がそもそもない。

落語にはその日暮らしの町人が多く描かれているように、やはり江戸時代の町人の社会保障はまだまだ整っていなかったようだ。いわば完全に「自助」の社会である。働けなくなった者は食っていけないのだ。

金三郎が、自分がいると足手まといになると考えてしまうのも、お初を思えばこそ無理もないことだろう。そしてこれは、そのまま現代の介護殺人にもつながる話で、ふたりが「もう死ぬしかない」という結論に辿りつくのは、聞いているだけでも本当につらいものがある。

今松師匠がその先に見せてくれた希望

けれど、今松師匠の物語には、一歩進んで「それでも生きる」ということが描かれていた。死出の情景の美しさはそのままに、希望も描く。これは間違いなく、『心中時雨傘』の現代型翻案だと思う。

さすがに詳細は書かないが、つい先ほどまで死へと向かっていたふたりが、生へと方向転換したときの、生命力の輝きの素晴らしいこと……!

死を美しく、哀しく描くのも別にいい。どうにもならない生のなかで、せめて死に際くらい、美しい夢をみさせてくれたっていい。
けれど、どうしたって、死は死でしかないのだ。

ふたりの「生きる」という選択は、偶然の産物であったけれど、偶然を必然と前向きに捉える、お初のその心のたしかさに思わず涙が出た。金三郎と連れ添う前、長いこと女ひとりで母を支え続けてきたお初の芯の強さがこうした形で昇華されたのは、まるで予定通りなような気さえしてくる。愛ゆえに死を選ぶのではなく、愛もまた生の一部なのだ。

今松師匠の、お初が金三郎に「生きてみよう」と言ったときの、あの瞳の輝きを、私はきっと忘れないと思う。

さいごに
この先は冗長になってしまうため割愛しますが、その後、「自助」からこぼれ落ちたふたりがどう生活を取り戻していくのか、そのエピソードがまたとても良い(し、ある意味で痛快な)ので、機会があったらぜひ多くの方に聴いていただき、感想を語らいたいところです。

そして、音声でしか聴いていない志ん生版も、今松師匠版も、どちらもそれぞれに素晴らしいので、ぜひ若手の方に引き継いでいってほしい噺だなあと思いました。

今松師匠からもまた聴く機会がありますように。

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第131回この人を聞きたい 今松ひとり会(2021年10月9日)

柳家小はぜ「やかん泥」
むかし家今松「目黒のさんま」
〜仲入り
むかし家今松「心中時雨傘」


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