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鴨川は出禁にならない

ある日の暮れ方のことである。一人の腐れ大学生が、デルタで酒盛りを待っていた。広い河原には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々草の枯れた小さな中州に、ヌートリアが一匹泳いでいる。なお、このヌートリアは後日、鍋の具として私の胃に落ちる。

腐れ大学生は試験帰りである。教授があまりにも容赦なく、たまらず友人らと不遇をかこちにきたのだった。我々はとりあえず問題用紙をくしゃくしゃに丸めた。侃侃諤諤の議論はあったものの、紙くずを投げ捨てるのは環境に配慮し止めた。  

肴は教授と決まっている。酔いが回ってくると、不思議なことに川の飛び石が顔のように見えてくる。お偉方が来られたからには酒と肴を献上せねばならぬ。そんなことを誰かが言い出し、飛び石に水をかけ石を投げつけはじめた。そうして宴が始まった。

宴の終わりは早かった。次に気づいた時、私は川の中だった。服を濡らす水に酒が抜けるのを感じる。それでも気分は高揚していた。なんたって夏休み、もう図書館で昼寝することもない。英雄とか皇帝とか何かしら勝利の曲を歌い、我々は各々の家路についた。それが私の落とした最初で最後の単位になった。

豊かさはデルタにあった。散歩中のおじさん、知らない言葉の観光客、青春中の高校生。その片隅に私たち腐れ大学生がいた。腐れ大学生は腐っているので、気分がよいと法律を肴に酒盛りなどしている。

たまに酒に呑まれて川に落ちる者もいる。しかし、鴨川には全てを水に流す深さがあった。だから私たちは、あの場所を「母なる川」と呼んでいた。

令和3年4月28日追記
緊急事態宣言の発令により出禁になりました!


 

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