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「ショート」本を書く1#「シロクマ文芸部」#私のこと好き?

本を書く。

いや、実際は私は本を書く真似ごとをして一日中パソコンの前で過ごしている。
書きたい事が何も浮かんで来ない。
では何故、本を書く真似をしているのかって?
彼が本を書いている私が好きだからだ。

普通のサラリーマン家庭でそれなりに仲の良い両親の元で育って、中流の文化系の大学を普通の成績で卒業して、中流の会社に就職して普通にOL生活を送って、普通にそれなりの恋をして30間近で結婚をした。
そんな私を待っていたのが、彼の一言だった。
結婚して新居のマンションに住み始めた時に彼は唐突に言った。

「夢は何?」
「はっ?」
口に運ぼうとしていたクリームシチューがのったスプーンを思わず皿に戻した。

「だから、梨花の夢だよ。何?」
「えっ?夢って言われても……可愛いお嫁さんになることかな?」
新婚の新妻の当たり障りのない優等生的な答えを撰んだ。
「それは叶ったじゃない。他にないの?」
彼、夫の大介に見下されるのは嫌だった。
「そうね、私、小さな頃から作文書くのが得意だったの。だから小説家になることかな?」
この答えなら百点満点とはいかなくても、八十点くらいで普通に合格だろうと思った。ほんの思いつきで新妻の偏差値を上げたかっただけだ。それにさっさと答えをクリアしないとせっかく上手に出来たクリームシチューが冷めてしまう。
ところが大介は
「俺がその夢、叶えてやるよ」
俄然乗り気になってしまった。
私にとっては青天の霹靂だった。

大介は3LDKのマンションの一角に私のパソコン机と大きな本棚をいきなり設置してしまった。
「今日から此処で梨花は文筆活動を始めるんだよ」
やけに清々しい表情だった。
そんな事、望んではいなかったのに……。

結婚してからも仕事を続けるつもりだった私は家に閉じ込められたようで憂鬱になった。
「結婚してからもさ、お互いに一つの目標に向かって努力し続けるって理想の夫婦像だよな」
「そうかな?」
「俺も夢を追い続ける!だから梨花も頑張れよ」
その夜の大介のセックスは、一人よがりだけど激しかった。

歯車が一つ狂い始めると全てが狂ってしまう。掛け違えたシャツのボタンが最後まで合わないように。
だから私は小説家を目指してみる事にした。そのうち大介も諦めてくれるだろう。
大介は大介で仕事から帰ると自分の部屋に閉じ籠もってゲーム三昧の日々を送っていた。
本人は「Eスポーツ」で、いずれは世界に羽ばたくんだと言っているが「年齢」が年齢だけに高校生達に立ち向かえるのだろうかと思う。でも夢は夢だ。


それから一年の歳月が経った。
最初のうちは私も雑誌の新人文学賞に応募したり、ネットの企画に応募したりして書いていた。
でも、そのどれもが尽く落選した。才能がない事は最初から分かっていたから仕方ないが、今度は「書く」物が見当たらなくなった。
それはそうだ。ずっと家に閉じ籠もりっきりでは書く素材が底を尽きた。
だから今は「本を書く」ふりをして一日を過ごすようになった。
2年目は、そうしてやり過ごした。

よく考えてみたら、私には「小説」になるような刺激的な経験が足りないんだわ。だから無理なのよ。
大介は会社で昇進したらしい。ここのところ、接待と言って帰りが遅い。

「俺は夢を諦めたけど、梨花が俺の夢だ。だから俺の分も頑張って」
大介は理想の夫婦像を諦めて、理想の妻を私に求めるようになった。
セックスも普通に月に2回、私の大きな本棚は「小説家になる為の……」手法、技術本ばかりで埋まっていった。

4年目の夏が来た。
私は相変わらず「本を書く」ふりをして、大介の理想の妻を演じて居る。新しかったパソコンはキーボードの「C」が打ちづらくなった。
接待だと言っていた大介の帰りは更に遅くなった。こんなに理想の妻を演じているのに可怪しい。
夜中にそっと彼のベッドに滑り込んでみた。
知らない香りが私の鼻腔を刺激した。

「うん?」



4年目の秋が来た。
私はスルスルと小説が書けるようになった。
やっぱり刺激が必要だったのね。
今年のミステリー大賞を狙ってみようかしら?
それにしても、そろそろまたドライアイスを追加しなくちゃ。寝室からの強烈な臭いに耐えられそうにないわ。

「ねぇ、大介、私のこと好き?
「…ムニャムニャ…うん、好きだよ、好きだから寝かせてくれよ…ムニャムニャ」

ベッドで、おざなりな答えをするなんて、理想の夫には程遠かったわね、大介。
でも、感謝してるわ、大介。
おかげで私は書けるようになったもの。

ピンポーン

あら、誰か訪ねて来るなんて珍しい。これも刺激かしら?いそいそと私は玄関へ向かった。

「どちら様ですか?」
「警察の者ですが、お宅から酷い悪臭がすると…うわっ、なんだ!?この臭いは?」

あら、逮捕されるの、私?
いいわ、また刺激になるのね。


これでまた本が書ける。












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