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「保護犬だった僕と植物人間になったパパ」第2話#創作大賞2024


第2話「専務の一日」

パパと出逢ってから、ボクの生活は一変した。突如として多忙を極めるようになったんだ。セレブ犬だった頃とは大違いだ。あの頃のボクは、遊んでさえいれば「可愛い、可愛い」と誉められて、欲しい物は何でも手に入れる事が出来た。

パパの朝は早い。朝の7時には
「おーい!ゴン行くぞ~」
って、お呼びが掛かる。
普通のわんこなら散歩に行くの?とはしゃぐところだろうが、とんでもない。ボクには、きちんとした職務があった。
パパとママは古いマンションの最上階 の6階に住んでいた。パパがエレベーターのボタンを押すとボクは必ずパパの隣にお座りして、1階に到着するのをじっと待った。
エレベーターのドアが開くと待ちかねていたボクは、ぴゅ~と飛び出して、パパの会社へ先に出勤しちゃうんだ。パパはいつもボクの後ろから
「ゴン!車に気をつけろよ~」
って声を掛けてくれる。分かってるよ、道路の端を歩くんでしょ。でもパパの住むマンションから会社までは歩いて2分くらいの所にあるんだよ。だからボクの俊足だとあっという間に着いちゃうんだ。

「おはようございます〜」
パパがガラガラガラ〜と、会社の事務所の戸を開けるとジュウギョウインの人達がもうボク達を待っていてくれるんだ。
あ、ボクのパパは水道屋さんの社長をしていたの。社長って言っても、僅か5、6人のジュウギョウインさんしか居ない小さな貧乏会社なんだけどね。
朝のミーティングってのが開かれる時、ボクももちろん毎日参加していたよ。そのミーティングで、その日に行く現場が各々に振り分けられて、その材料をトラックやダンブに積み込みの。

あ、忘れてた。事務所にはパパのお母さんが来てるんだよ。毎朝、皆に美味しいお茶を淹れてくれるんだ。バァバってボクは呼んでたんだけど、バァバが最初にボクを「小さい専務のゴンさん」って呼び始めたんだ。それでボクは専務になったってわけ。ねぇ、忙しいはずでしょう?
ジュウギョウインの人達も皆、ボクを可愛がって一目置いてくれたんだ。なにしろ専務なんだからね。

でも、そんなボクにも一つだけ不満があった。色んな所へ連れて行ってくれるパパが専務であるボクを「現場」へだけは連れて行ってくれないの。最初の頃は、何度も連れて行ってもらおうとチャレンジしたんだよ。トラックの座席にピョンって飛び乗ってね。でも直ぐに見つかっちゃうんだ。
ジュウギョウインのNさんとAさんの間に隠れてたのに
「社長、またゴンちゃん乗ってますよ~(笑)」
って大笑いされるんだよ。プライドが傷付いたな…。ボクは、ただ現場って所へ行ってみたかっただけなのに。パパはヒョイって僕を抱えると
「ゴンちゃん、さんちゃんが来るまで事務所でお留守番だよ」
って言うんだ。ボクが一番初めに覚えた大嫌いな言葉が「お留守番」だったな。
でも朝のお留守番は短くて済むことにボクは直ぐに気が付いた。さんちゃんが、お家でお洗濯や用事を済ますとバァバと交代しに事務所に来るのを知ったから。それから専務のボクはお昼寝したり、さんちゃんをからかったりしながら事務所で一日を過ごすのが仕事さ。たまに遊びに来る建設会社の社長と遊んであげたり、一緒にお昼寝したりして接客も務めたんだよ。
懐かしいな~、ボクのファンの社長、元気にしてるかな?ボク達が居なくなってサボる場所が無くなったから困っていないかな?パパと同じような大きな声で「ゴンちゃん、ゴンちゃん」って可愛がってくれたっけ。

ボクとパパは近所の人達が「凸凹コンビ」って言うくらい見た目の大きさには差があったけど、パパの考えてる事は、大概直ぐに理解する事が出来たよ。まぁ、それだけパパが単細胞で、ボクが優秀だったからなんだけどね。パパは強くて大きくて、いつでもボクを守ってくれたんだ。
お散歩の途中でボクはパパが、後ろに居ると大きなわんこにも平気で立ち向かっていったよ。
「わん!わんわんわん…」
ボクはパパにカッコいいところを見せたくて、怖かったけど頑張ったのに、振り向くとパパが居なかったりするんだよ。酷いでしょ?パパは近所のオバサンによく捕まって道端で、呑気に立ち話をしているの。ボクは大慌てでパパの所へ逃げたっけ。

それでもボクはどんどんパパが大好きになっていったんだ。
パパは現場以外は色んな所へボクを連れて行ってくれた。地引網にも一緒に行ったんだよ。そして大きな大きな海を見せてくれた。ボクは水道屋の専務なのにお水が怖くて、腰が抜けちゃったけどね。パパは山へも川へも、いつもボクを一緒に連れて行ったんだ。
それは、エアコンが効いたセレブなお家で小さな世界しか知らなかった僕にとって、全部初めて観る世界でキラキラと輝いて見えたんだ。

そしてパパは言うんだ。
「いいか、男は暑いだ、寒いだ、痛いだなんて言うもんじゃない」
って。
うーん、それは分かったけど毎年サーフィンに行くとパパは決まってクラゲに刺されて帰って来たの。その後は
「かゆい、かゆい」
って大騒ぎしていたよ。「暑い、寒い、痛い」は決して言わなかったけど「かゆい」は言ってもいいのかな?ってボクは疑問に思ったんだけどね。

パパはね、ママのさんちゃんに言わせると凄くお人好しなんだって。何でも出来て才能があるのに「金儲け」の才能だけは、バァバのお腹の中に忘れて生まれてきちゃったんだって。でも「お金」のせいで捨てられたボクは、最初から「お金」を持っていないパパが好きだったんだけどな。この人だけはボクを捨てたりしない。もう、この頃のボクはパパに絶対的な信頼を置くようになっていたんだ。

パパは痩せっぽちだったボクに
「太れ!デカくなれ!」
って、パパが食べてる「酒の肴」っていうのを何でも食べさせてくれたよ。さんちゃんはよく甲高い悲鳴を上げてたな。
「ゴンちゃんが死んじゃう!!そんなしょっぱい物、ゴンちゃんにあげないで〜!!」 
ってね。でもね、過保護で親バカなパパは、ボクにくれる時は、ちゃんとお口でチューッて塩分を吸ってくれてたんだよ。
よく高級なドッグフードを食べてるとわんこは長生きするって言うでしょ?ボクは、さんちゃんが特売で買ってくる安いドッグフードやパパの「酒の肴」も何でも食べたけど20歳を超えるまで生きられた。だから、どうなんだろうね?
まぁ、ボクは待っている人が居たから意地で生き抜いたんだけど…。

ねぇ、パパ、ボクは幸せだったけど、パパはボクと一緒に居て幸せだったかな…


つづく

2625文字

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