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「私小説」夏は夜が…#シロクマ文芸部



夏は夜が好きだった。
町外れの行きつけの小さな寿司屋で、彼と私は飲んでいた。引き戸の向こうから、花火の音や人々の喧騒が聞こえてくる、七夕祭りの夜だった。

「親父、勘定」

調子にノッて食べて飲み続け、寿司屋を出たのは深夜0時を回っていた。あれだけうるさかった町は、人も車も居なくなってシーンと静まりかえった、まるでゴーストタウンのようだった。空には白っぽい中途半端な月が薄ぼんやりと出ている。
夏祭りが終わった後の歩行者天国の舗装道路を私は白いワンピースで歩いているうちに駆け出していた。道路のあちこちには祭りの後の残骸たちが散らばっている。

たこ焼きを食べた後のグッチャグチャ、ジュースを飲んだ後のペッタンコ、元チョコバナナさんらしきヘナチョコ、割り箸やストローや願いを叶えられなかった千切れた短冊……

「黄色い線の上からはみ出したら、死んじゃうルールッ!」
後ろを振り返って、後からゆっくり歩いて来る彼に叫んだ。
「なんだよ、それ」
「ほら、黄色い線から落ちたら、こっちは深海でジョーズに食べられちゃうんだから」
ゴミ達の群れを指差して言う。
「ずいぶん小さいジョーズだな(笑)」
「いい?家まで黄色い線の上を歩いて帰るんだからね〜」
エナメルのハイヒールを脱いで片手に持った。夜中なのにアスファルトの生暖かさが、ストッキングの足元から伝わってきた。夏だ。

「ヨーイドン!」
「転ぶなよ」
大声で注意された。
「早く早く、付いて来て」

ストッキングがつま先から破れて、蜘蛛の巣みたいな模様になった。私、まるでロックンローラーみたい?

「気持ちいいね〜」

くるくるくるくる
黄色い線の上をAラインのワンピースで、バレリーナになった気分で回った。

「私、白いパラソルみたいでしょ?」
「パンツ見えちゃうぞ」
「アハハハッ」


寿司屋で飲んだ冷の日本酒が、ぐるぐるぐるぐる頭の中で回っていた。

違った!目が回った。

それでも黄色い線からはみ出さないのが、マイル……
言い出した私が、よろっと転びそうになって、黄色い線からはみ出しそうになった。

「バカ!危ない!!」

そう叫んだ彼が後ろから駆けて来て、深海に落ちて私を抱きかかえた。

「ダーちゃん、ダメじゃん!ジョーズに食べられちゃう…」
その先は言えなかった。私の酒臭い唇の上に彼の唇が触れてきたから…
七夕祭りの夜、ちょうど神社の前だった。

「死んでもいい」




それから十数年の月日が経って、彼は本当に死んじゃった。転びそうになったのは私なのに、『黄色い線から落ちたら死ぬ』ってルールを勝手に決めたのは私なのに…
あれから夏の夜は嫌いになった。

黄色い線の上をもう私は歩かない。倒れそうになっても助けてくれる人は居なくなったから。





神様が見ていた?

小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。




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