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「エッセイ」白い✖ 

いつか書こうとは思っていた。
いや、別にそんな大した話じゃない。 
ただ照れくさくて恥ずかしくて自慢げで嫌だったから…
そんなお話し。



私には何十年も「大好きだ」と言ってくれている希少価値で稀有な男が居る。
私がまだ若くてやんちゃなイタイ女だった頃にその男とは出会った。あぁ、もちろん、ダーちゃんに出逢う前の話。
高学歴、高身長、そこそこのイケメン、まぁまぁの家庭のお坊ちゃま(これ見つかったら怒られるな)

初デートに誘われた。
私が「蟹」が好きだと言ったので「蟹道楽」に連れて行ってくれた。
奴は緊張して話が面白くない。
「何でも食べて」
って言うけど、男が緊張して食べられないのに私がバクバク食べるのは気が引ける(イタイ私にも、その位の節度はあった)
誠実でちょっと我が儘だけど、いい奴だった。
仕方がないからランチのコースを食べて店を出た。
その時、私の少し前を彼が歩いた。

真新しい濃紺のジャケットの後ろスリットに白いしつけ糸でバッテンが付いていた。

ああ、私が「濃紺のジャケットが似合う男が好き」って言ったからだ。
瞬時に訪れるかもしれない気持ちが去っていった。

ヒュルルルル〜

「しつけ糸付いてるよ」
言うべきか言わないべきか迷ったけど結局、言えなかった。その日、一日中彼は裾に白いバッテンを付けたまま街を歩いていた(笑)

人が恋するかもしれないって思っていたのに冷める瞬間って絶対にあると思う。

鼻毛が一本出ていたり、ゲップが臭かったり、小指の爪だけ伸ばしていたり、内股だったり、声が高かったり(ベッカムを除く)

あの一瞬で若かった私は興ざめした。

あれから何十年の月日が経って、彼が友達と今の私の店に現れた。
したたかに酔っていた。
「酔わなければ会いに来れなかった」
彼は店で何度も吐いて酔い潰れた。
全然ダサくないと思った。

それから何度か食事に誘われた。
もう彼は私好みの服装はしない。
自分の好きな物を食べに連れて行く。
何度目かの時に酔って私に言った。

「全世界の人が貴女を嫌いになっても僕だけは一生貴女の味方だ」

ダサくて笑っちゃうようなクサイ台詞なのに鼻の奥がツーンと熱くなった(ナイショだ)
「ありがとう」
「何故、あの時僕を選んでくれなかったの?」
「うーん、何故だろう…」

濃紺のジャケットの白いしつけ糸のせいなんて、今度は私がダサくて言えなかった。

「僕と一緒になっていれば、あんな苦労しなくて済んだのに」

文字で書くと演歌の歌詞みたいだな、マジで(笑)
彼は私がダーちゃんと出逢って結婚して…色んな苦労をした事を全部知っていた。

感性が人生を狂わす事はよくある。
でも全く後悔はしていない。

「もう一軒行く?」
「いい、帰る」

手は繋ぐがキスもしない。もちろんその他もろもろも(笑)

あの日、貴方をふって本当に良かったと思う。
私は今、私の良き理解者と最高の味方を手に入れた。

濃紺の裾に付いた白いバッテンに私は感謝している。
「何でも言うことをきく男と恋は出来ない」
でも絶対に真面目で結婚向けのいい奴だ。

少しダブついたお腹と鬢に白髪が数本出た彼は
「じゃあ、送って行くよ」
と勘定を済ませた。
顔にシミもシワも出た私は
「ごちそうさま〜」
と頭を下げた。

「いったい、いつになったらお前のこと嫌いになれるんだろうな」
「いいよ、そのまま好きでいなよ。そのまま見ててよ、私の生き様を」
「ば〜か!」
上等だ(笑)





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