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【エッセイ】遠き日の夢「虎吉の交流部屋プチ企画」

ドスンッ

「アイタタタ」
はじき出された衝撃で、したたかに頭を打った。
ドクンドクンドクン
小さな地震のような波が規則的に私の身体に伝わって来る。

『タイムリミットは3分です』
白装束の男は私にそう言った。
『分かったわ』
(カップ麺かウルトラマン?)
笑みがこぼれそうになるのをこらえた。
『時間に間に合わなければ…』
『私が……でしょ?』
男は深く頷いた。
『じゃあ、いってらっしゃい』

送り出してもらってから、どのくらいの時間が経っているのだろう。左手首の時計を見ると25秒が経過している。

急がなくちゃ。
眼の前に広がる血の海を私は目的地に向かって泳ぎだす。ドロドロの血の塊が海藻のように顔や髪にまとわりつく。どっぷりと濡れた服や靴が重い。
誰も見てる人なんていないから、脱いじゃえ!
死海の中に浮き出た黒い溶岩のような塊の上に血だらけになった衣服を投げ捨てた。
もっと深くもっと奥へ、血なまぐさい海を私は進んでいく。
ドクンドクン…
地震が小さな波を幾つも幾つも作り私の行くてを阻んでくる。鼻や口の中に血の塊が入ってきて息が止まりそうだ。
ペッ
それを吐き飛ばすと私は大きく息を吸って、血の海の中へ潜った。
うっすらと乳濁色の珊瑚礁が見える。
もうすぐ、きっと、この辺りにあるはず…
混濁した海が私の視界を遮る。
見つけた!これにしよう!
私は一番頑丈そうな太い珊瑚を選んで手を掛けて引っ張った。
お願い!伸びて!
泳ぎながら、もう一本を探す。
これにしよう。
もう一本は今にも朽ち果てそうな細い弱い珊瑚。
これを私が繋げれば…
あと少しもう一歩のところで、太い珊瑚がピタリと止まった。
あと少しなのに、時間がない!!
私は両足で太い珊瑚を挟むと両手で細い珊瑚を掴んで一本にした。
これでいい…

チチチチ

時計の中のストップウォッチが3分を告げた。
私は無視して目を閉じる。
自分の身体がゆっくりゆっくりと溶け始めていくのが分かった。
珊瑚を……脳神経を私の身体が溶けて繋げていく。


中学校の卒業文集に私は
「いつか誰かのために犠牲フライを打ってあげたい」
と書いた。
先日、ダーちゃん(主人)の友人が持って来てくれたダーちゃんの中学校の卒業文集には
「可愛いお嫁さんをもらって仲良く暮らしたい」
と書いてあった。


私は可愛いお嫁さんだったかな?
身体がどんどん溶けて、もう意識まで遠のきそうだ。
これで目を開けるね、助かるね…
最後の思いは声にならない。
ドクンドクンドクン
ダーちゃんの確かな心臓の鼓動が聞こえる。
生きてる!



「奥さん、奥さん、回診の時間ですよ。こんなところで寝ちゃって風邪ひきますよ」
私の夢を覚ましたのは主人の担当の看護師さんだった。
此処は?
7階の脳神経外科の個室に、少し開けた窓から浅い春の風が入って来る。真冬に倒れてから、もう三ヶ月間も私の主人は眠り続けていた。
私はダーちゃんのベッドに顔を埋めて眠っていたらしい。
ガラガラッ
担当の若い医師が入って来た。

「お変わりありませんか?」
「ありません」


先日、この医師が言った
『脳神経がもう少し繋がっていけば奇跡が起きるかもしれない』
あの言葉が、こんな夢を見させたのかもしれない。
私を小人、ううん、もっともっと小さくしてくれれば開いた頭蓋骨から入り込んで、脳神経を繋いで来るのに…って。


あの日、私はダーちゃんの脳神経になりたかった。



一番なりたかったものを考えた時、一番に浮かんできました。
「生まれ変わったら…」と言う題材には少し逸れているかもしれませんが、
あの頃の私は本当に主人が助かるなら、何にでも変わりたかったんです。
虎吉様
お手数ですが、よろしくお願いいたします。


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