「掌編小説」ラムネの音#シロクマ文芸部
ラムネの音がした。
ボンッ
目を覚ますと見知らぬ部屋に寝ていた。
うーん…此処は何処だっけ?
昨日の酒がグラグラとまだ活発に脳細胞を刺激している。
すえたような匂いがするベッドから起き上がると床に散らばった昨夜の性の残骸のような下着を拾った。片足をショーツに突っ込んで、記憶を呼び覚まそうとする。
何処?此処?
灰色の倉庫のような無機質な部屋。
何やってるのよ、私。
それにしても頭が痛い。確か、いつものBARでバーポンをあおって、湿気たようなピーナッツを齧った。隣に座っていた男が、やけに馴れ馴れしくて、「奢るよ」
って言うからテキーラを飲んだんだっけ。
「イケる口だね」
にやりと笑う男を何処かで会ったような気になって…
それから私、どうしたんだろう?
夢の中で聞こえた、あの懐かしいラムネの音は?
ガンガンと襲ってくる頭痛に苦戦しながら、ブラジャーのホックをなんとか止めた。
「お水飲みたい」
ふらふら歩いて台所らしき場所に辿り着き、水道の蛇口を捻った。
このお水飲めるかしら?
一瞬だけ欲求と猜疑心が、腐った頭の中で格闘したけど、欲求の方に軍配が上がった。
死にはしないでしょ!
小学校の校庭でお水を掬って飲んだように、生ぬるい水を両手ですくって啜った。錆びた鉄の味がした。
記憶の断片が、一つ一つ繋がっていくような気がする。
あれから、あの男がしつこく絡んで来るから、適当にあしらって、次の飲み屋に行ったんだ。サラリーマンが歌う下手なカラオケに耐えられなくて喧騒の中、席を立った。トイレに駆け込むと後ろから、強い力で羽交い締めにされて…
え?私、誘拐されちゃったの?
いや、違う。
酒臭い唇を押しあてられた。そいつの口を思い切り噛んで外へ飛び出して…
ヤバい!私、お金払ってないじゃん。
それにしても、いったい此処は何処なんだろう?
私の服は?バッグは?
あら?
台所の隅に転がっているあの男は誰?
頭から血を流して倒れてる。
あぁ、お水が鉄の味じゃなくて、この物体から流れてる匂いだったのね。妙に納得して近付いて顔を見てみた。最初のBARで出会った何処かで会った事のある男?
似てるけど、デスマスクだからな~。
動いててくれないと分からないのにオニイサン。
私が殺しちゃったのかしら?
「〇〇さん、〇〇さん、起きてください。検温の時間ですよ」
また朝がきた。私が目覚められないことを知ってるくせに、毎朝、嫌味のように繰り返すコイツら。
もう5年も、このベッドの上で眠ってるのよ。
いい加減、起きられないのを悟ってよ。
あぁ、あれからあの男の部屋を飛び出して、車に跳ねられちゃったんだっけ。
じゃあ、この鉄の匂いは私の匂い。
今日も頭が痛い。
ラムネを飲みたいな……
小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。
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