築地魚河岸三代目 第20話(江戸前の心)後編

築地魚河岸三代目 20話(江戸前の心)後編


この原稿の末尾になりますが、編集者さんと、漫画家さんにこの先の展開を示唆する意味でも二人の現在の立ち位置や気持ちを解説したりもしています。マンガ原作は編集さん、漫画家さん、読者さまに、伝わればどんな方法でもやり方でもいいんです。逆に書式に縛られて伝わらないと意味がありません。なので受講者さんには「マンガ原作はラブレターを書くように」と申し上げています。

前号の引きで、
#・とりで寿司。叫ぶ三代目。
旬太郎「魚を捨てるなんて
   それじゃあ!魚が!
   あんまり可愛そうじゃ
   ないですか!」
驚いて口を開け、旬太郎を見つめる、とりで寿司の主人。
旬太郎の気持ちの分かる明日香。
明日香「旬太郎・・」
そしてもう一人。
引き戸の陰から中を伺っていた新宮。
新宮「・・・・・」
何を思ったか、鋭い目を細くして静かに引き戸を閉める。
(この部分、雑誌読者に親切にしたつもりですが、
 頁が苦しいようでしたら、
 シーンごと省略が可能だと思われます。)

#・翌朝の『魚辰』
ぼうっ、とした顔で、魚の泳ぐ水槽を眺めている旬太郎。
前夜の事を思い出していた。と、見える。
旬太郎「あ~あ。バカな事言っちゃったなぁ~」
ゴン!その後ろ頭を魚箱がどつく。
目から火の出る旬太郎。
拓也 「あ、すんませんっス!三代目!」
魚箱を持った拓也。叱る雅。
雅 「ぶぅおっ~。と、してっからですよ!
   どうしたんすか? 今日は?
   いつもにもまして
   役に立たねぇなぁ」
コブのできた後ろ頭をこすりながら旬太郎。
旬太郎「ゴメン・・」
旬太郎「実は・・・」
作業の手をちょっと止め、顔をよせる拓也、雅、エリ。
魚をシメる作業を黙々とこなし続ける英二の背中。

ー間。

話し終えて、バツの悪そうな旬太郎。
旬太郎「と、言うわけで・・」
呆れる雅。
雅 「あ~あ。そりゃ、やらかし
   ちゃいましたねぇ三代目
   その寿司屋のオヤジ
   怒ったでしょう?」
悔恨の思い深い旬太郎。ため息をつき、
旬太郎「怒られたのなら
   まだ、いいさ・・・」

#・旬太郎回想。
前夜の『とりで寿司』。冒頭の続き。
ネタ箱を手に、震える取手。
取手「魚が可愛そう・・ですか・・」
ふっ。と自嘲気味に笑う取手。
取手「確かに・・、そうですね。
   その目で選んだ魚を
   その手でシメる仲卸の方に
   して見れば・・
   ネタを捨てるなんて
   魚が、哀れにもなるでしょう・・」
ネタを一個一個、ラップで包み、愛おしむように大事そうに、折り箱に詰める取手。哀愁が滲む。
その悲しさに、さきほどまでの自分の憤りや、魚への憐憫が、何かに変化し始める旬太郎。
旬太郎「あ・・あの・・」
顔をこちらに向けず、店名の入った紙を被せた折り箱に、
ヒモをかける取手。
取手「私などの所に来なければ
   この魚たちは、
誰かに最高に美味しく
   食べられていたんでしょうからね・・」
取手の手元。ついに堪えきれず落とした涙が数粒。
折り箱の上にポタポタっと、滴るのを、旬太郎は見た。
深く頭を下げ、最後まで顔を見せずに、折り箱を差し出す取手。
取手「せめて、お宅で、食べてやって、下さい」
それを、黙って受け取る旬太郎。
後悔の苦い味がひたひたと喉から、せり上がってくる顔。
かける、言葉が無い。

#・『魚辰』に戻る。
腕組みして諭すように、説教する雅。
雅 「いいですかい?三代目。
   卸した魚が、どう扱われようが、
   そんな事たぁ、仕入れた店の勝手だ。
   店の仕事のやり方に、
   あれこれ仲卸が
   いちゃもんつけるなんて
   そりゃあ、もっての他
   分不相応ってヤツです」
小車に腰掛け、片膝の上に足をのせて、プハッとタバコをふかしながら偉そうな雅。
雅 「ましてや、ウチの
   入れた魚じゃねぇ。
   よその仲卸。
   『新宮』のお得意さんだ。
   スジが通りませんぜ」
旬太郎「うん・・」
さらに頭を垂れる旬太郎。
目を見張って、雅を見る、拓也とエリ。
雅 「なんでぇ?おめぇら。
   鳩が豆鉄砲くらったような顔して」
エリ「雅さんが、
   まともな事言ってる・・・」
拓也「けど、今度ばかりは
   確かに雅さんの
   言うとおりっスよ三代目。
   『新宮』に知れたら
   『うちの得意先になんて事する!』って
   ねじ込まれても文句言えないっス」
さらに頭を垂れる旬太郎。
旬太郎「うん。わかってる・・
   『とりで寿司』さんには
   改めて、謝りに行くつもりなんだ」
と、ダン!魚の首に包丁を入れるアップ。
その音でハッ。と目をやる一同。
それまで、背中を見せて、黙々と魚をシメていた英二。
真剣な顔で、振り返らず。
右手にたたき付けたままの包丁を握りしめ、
英二「・・・けどな」
英二「それでも。
   分もスジも、さしおいて。
   お前らは、捨てられる魚が、
   可愛そうじゃないのか?」
シンとなる一同。自分の胸に照らして、しゅん。となり
雅 「いえ・・」
拓也「そんな魚屋、いるワケ・・・
   無いっス・・」

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