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算命学余話 #R83「守護神#11 丙×秋」/バックナンバー

 このところ算命学余話の内容が怖い、という感想を頂きました。死にまつわる内容が続いたのでそういう印象を持たれたのかもしれません。しかし算命学の理論は、もとより個人的な運勢判断より家系論をめぐって発達してきたため、一個人が死んで終わりという単発な話ではなく、家系という流れの中でいかに個人が翻弄され、或いは先祖から恩恵なり罪科なりを背負わされて生きるかという点に着目しています。
 しかし現代人は、そんな先祖の所業などまるで気にせず、気楽に一度限りの自分の一生をそれなりに楽しんで生きています。過去の人間のやったことなど自分には関係がないとばかりに。こうした現代人の思想には、当人の犯した罪を子孫にまで償わせないとする現代の法律の原則が少なからず影響していますが、こうした思想の中では、人間は未来の子孫に対する責任を感じにくくなります。

 算命学の家系思想が警告するように、我々が先祖の所業の代償を払う必要性について考えを巡らせるようになれば、いずれは自身もまた誰かの先祖になる我々は、未来の子孫が我々の所業の代価を払うたびに無用な苦痛を味わなくて済むよう、生前の行動にもっと慎重になれるのではないでしょうか。
 現代の法律は西洋文化の発明品です。この外来思想が果たして人類の未来に対して責任を果たすのに効果があるものかどうか、疑う必要があります。
 日本の古い言葉に「中夏無為(ちゅうかぶい)」という今日あまり聞かれない四字熟語がありますが、その意味は「為政者が刑罰を行なわずに治まる理想の世」ということです。確か老荘思想にも、「法律が増えるほど犯罪者は更に増える」という意味の一節がありました。
 もはや専門家でさえ覚えきれないほど細分化された現行の法律に、更に立法府が新しい法律を際限なく成立させる不毛を解消するために、今後法律はただひとつ、「未来の子孫たちに対する責任を果たさない罪」に一本化したらいいくらいに思います。殺人も傷害も窃盗も、過失も脱税も猥褻も、環境汚染も人権侵害も、結局はどれも未来を生きる人々に何らかの負の影響をもたらす罪なのですから。

 今回の余話は前回#R82の内容について少し補足し、あとは久々に鑑定技術に立ち戻って守護神の続きを解説します。

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