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音の世界と音のない世界の狭間で

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聴覚障害のこと。わたしのきこえのことを、つらつらと。
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#エッセイ

水色のスモックを着た3歳の女の子は。

水色のスモックを着た3歳の女の子。砂場で黙々と1人で遊んでいる。ふと周りを見渡すと、誰もいない。 「なんでだろう。。。」 そう思って教室へ視線を向けると、同じクラスの友達たちが室内で制作をしていた。 なぜか忘れられない記憶の断片。 幼い頃から耳がきこえにくかったわたしは、たぶん、遊びの終わりの合図がきこえなかったんだと思う。それに加えて遊びに夢中で。教室に帰ることができなかった。 今思い返しても、ショックだったとか寂しかったとかそういう感情が湧くわけではなく、ただそんな記

フライトログノートを重宝するワケ。

この飛行機は、機長〇〇、チーフパーサー△△…… 到着地の天気は、××。気温は摂氏…… 飛行機で必ず流れるこういう機内放送の情報、みなさんは意識して聴いていますか? わたしは、まだ聴力が今よりも良かった頃に聴いた覚えがあるけれど、正直そんなに真面目に聴いた記憶はありません。(あ、でも現地の天気や気温は大事だったかも) 旅が好き。飛行機が好き。 こんなわたしだけれど、機内のアナウンスは音としては認識できても声として認識できるかというと微妙なところ。もしもの緊急事態が起こっ

アップルマティーニ

食事を終え、ケーキを食べる。 ふと、隣の席に目をやる。 カップルが、グラスにちょこんと入った、かわいいピンク色のお酒を飲んでいる。 かわいすぎる。めっちゃきになる。 いてもたってもいられなくなったわたしは、笑顔の素敵な店員さんが白湯をサーブしてくれたタイミングで、母から店員さんに隣のカップルのお酒の種類を尋ねてもらった。 母とひとしきり会話を終えた彼女が、わたしの方を振り向いた。 そして、わたしと目があったことを確認してから 「アップルマティーニですよ。」 とはっきりと

#ときめく写真の作り方

文と絵をひとりでかく場合 文と絵の関係は まんじゅうの皮とあんこの関係に よく似ている。 (長新太) 大好きな絵本作家、長新太さんが『つみつみニャー』のあとがきでこんなことをおっしゃっていた。 今年の七夕にnoteをはじめたわたしは、一日一記事更新を続けて明日で130日目。もともとは、「書いて書いて考える」ひとつの手段だった写真。でも、長新太さんのこのあとがきを読んで、せっかくなら美味しいおまんじゅうを作りたいと思ったんだ。そこで、アイキャッチや記事中の写真とのバランスを

UDCastで「マチネの終わりに」を観てきたよ。

「映画館デート」って、なんだか定番で憧れるなぁと思うのです。でもやっぱり、わたしの聴こえでは邦画を満足に楽しむことはできない。必然的に洋画を見に行くか、字幕上映期間を狙って観に行くわけだけど。あの、映画の前の予告とか映画館内のCMとかでバンバンと魅力的な邦画の予告が流れるわけで。特に聴こえる人が相手だと 「これ面白そうだね。次はこれを観に……あっ」 みたいな変な間ができるわけですよ。で、すかさずわたしが 「字幕上映、あるといいねぇ。なければ、金曜ロードショーまで待とうか

分かったふりにも、下準備が必要で。

自己紹介でお決まりのこの文句が、わたしの周りの空気を凍りつかせることが、そう少ない頻度で起こる。 というのも、そう尋ねられた先の右耳は全く聞こえなくて、左耳には白い補聴器がちょこんと引っかかっていて。そして、今まさにこの会話を相手の口の形を読み取りながら理解している聴覚障害者のわたしが、そこに存在するからだ。 だから、そんなときこそ「これはチャンス!」とばかりにiPhoneを操作してSpotifyの画面を見せる。 ちなみにどうやって音楽を聞いているのかというと、補聴器と

暑いのは苦手だけれども、ちょぴっと生きやすい。

そういえば、一瞬で梅雨が去ってしまった年があったっけね。その年は、6月に連日猛暑でおかしくなりそうだったよね。なんて、この日々を懐かしがる日が来るのだろうか。 夏至真っ只中の東京は、仕事を終えて外に出ても空が高く、夕陽が焼ける。一日がちょっぴり長くなったようなそんな気がして、ちょっとずつお友達と会う機会も増えてきた。 暑いのは苦手だけれども、聴覚障害のあるわたしにとって、夏はちょっと生きやすい。 なぜかって。それは、みんながしれっとマスクを外しはじめるから。 聴覚障害

通訳は誰のために

この世界は、多い人に合わせて作られている。 たとえば、ここがスペインだったら。お店で出てくるメニューはスペイン語表記のものがほとんどで、日本語表記のものはあったとしても頼まないと出てこないだろう。 たとえば、ここが通勤電車だったら。電車に乗る人は大多数が大人で、吊り革は160cmくらいの高さにある。地下鉄通学をしていた小学生時代はなんとしてでも座るか握り棒を握りしめていた。 そしてこの日本は、キコエル日本語話者が大多数で。わたしたち聴覚障害者、もとい手話を使う人たちは圧

「きこえにくい」のカミングアウト、実はとても緊張しているのです。

noteで、音の世界と音のない世界の狭間でなんてたいそうなマガジンを作っては細々と更新を続けるわたしだけれども、プライベートでも当事者団体で活動していたり自分達の権利をと声高らかに生きているのかと言われると、そうでもない。 役所や窓口みたいな公的な絶対に情報を逃してはいけないところに行くときには最初から声を使わずに筆談で攻めていくし、静かな場所でこじんまりと雑談を楽しむ程度なら聞き取れなくても相手が笑うタイミングで笑ったりこちらに視線が向いたタイミングで頷いたりしてその場を

わたしの周りは、聴覚障害者であふれている。

聴覚障害のある方に、初めて出会いました。 初めましての方に聴覚障害をカミングアウトすると、よく言われる言葉のひとつ。 でも、わたしはどうも腑に落ちない。なぜだろう。わたしの身の回りは、聴覚障害者であふれている。 正確にいうと、中学を卒業する頃までは、交流(運動会や文化祭など行事のときにろう学校に遊びに行っていた)で通っていたろう学校の生徒以外の聴覚障害者がいるとは知らなかった。でも、高校以降は同級生にも先輩にも後輩にも聴覚障害者がいて、今も聴覚障害のある同僚がいる職場で

聴覚障害のあるわたしの、ことばたちとの付き合い方 episode1

その日、いつも通り職場の会議に手話通訳の方が来ていた。議事が進んでいく中、わたしは資料と手話通訳を交互に見ながら内容を理解していく。そして、わたしが発言するタイミングがきた。 いつもだったら手話で読み上げて、通訳の方がそれを見て音声通訳をしてくれる。「会議に手話通訳が欲しい!」と要望して通訳に予算をつけてもらうからには、わたしの思考は手話モードでいなければいけない、そう無意識に感じていたから。 でも、この日は報告しないといけないことがいっぱいありすぎて、そのどれもを日本語

マジマジと見つめられた視線の先で、この世界に惚れ直した。ちょっとだけ。

補聴器をつけることや手話をすることは、わたしにとって必要なこと。だけれど、それをマジマジと見つめられる視線が、なんだか苦手だった。「わたしは聴覚障害者です!」と宣言しながら歩いているようで、それがとっても恥ずかしい気がしていた。 *** ヘロヘロバタバタな平日を終えて、やっと迎えた土曜日。「今日くらい……」とお昼頃までベッドでゴロゴロして、軽くおうどんを食べた昼下がり。 平日は軽く済ませるお化粧もちょっぴり丁寧に時間をかけて、いつもは黒いゴムで束ねるだけの髪型も一手間掛

手話ができることは、正義なのか。正義だけでわたしたちは救われるのか。

手話の苦手な人がわたしに向かって話すとき、わたしは相手の手話が間違っていてもその場で正すことはあんまりない。実際は、事前にもらっていた文字資料を思い出したり相手の口の形を読み取ったり話の文脈からその内容を推測することで頭がいっぱいで、正している余裕なんてほとんどないってのが正直なところ。 日本に住んでいる英語話者だって、日本人間違えた英語の単語と文法を常に正してくる人はないでしょう。だいたい伝わればオッケーみたいなかんじで。 「手話を学んでいるから間違っていたら直してほし

お空にひびけピリカピララ♪音のある生活は年中無休。

周りの人の声、街中を流れるBGM、緊急車両の鳴らすサイレン音……。わたしたちは、たくさんの「音」に囲まれて生活している。聴覚障害のあるわたしもそんな環境に生きるうちのひとりだ。補聴器を付けて、意識的に音を聴いているときは、という条件付きだけれども。 ここ最近の補聴技術は、目に見えて進歩している。ついにわたしの補聴器は、iPhoneとBluetooth接続ができるようになった。 おかげで、手話ができない聴こえる人たちとも気軽に zoom や LINE でつながることができる