広瀬和生の「この落語を観た!」vol.52

8月31日(水)
「第19回 一之輔たっぷり」@鈴本演芸場

広瀬和生「この落語を観た!」
8月31日(水)の演目はこちら。

春風亭いっ休『六尺棒』
春風亭一之輔『反対車』
春風亭一之輔『あくび指南』
~仲入り~
春風亭一蔵『佐野山』
春風亭一之輔『お見立て』

「一之輔たっぷり」は後援会主催の恒例独演会。

一之輔の一席目は今年になってさかんにやっている『反対車』。『反対車』といっても一之輔が演じているのは「50年前に1ヵ月半だけ車夫をやった後、長年教師生活を送った後に用務員になっていた爺さんが孫娘にいいところを見せたくて車夫に復帰したもののヨレヨレでどうしようもない」という噺で、通常の『反対車』でメインとなる後半の「狂ったように疾走する車夫」を完全にカット。嫁への愚痴や孫娘の話を延々と話す爺さんにスポットを当てた演出は、もはや改作の域。今年1月に初めて観て衝撃を受けたこの『反対車』、妙な口調で饒舌に語り続ける爺さんの可笑しさがどんどん進化しているのはさすが一之輔だ。

十八番『あくび指南』を意外にもこれまで「一之輔たっぷり」でやってなかったと気付いた…ということで『反対車』の後、そのまま高座に残って『あくび指南』へ。「家、建ててます」と気取っていた八五郎が、当てが外れて欠伸斎長息に毒づきまくるところまででも充分に面白いが、一転して「これだ、俺が求めていたのは!」となりドヤ顔になる欠伸斎長息…というところからの可笑しさは空前絶後。いざ本気で稽古に臨んだ八五郎のダメさ加減が凄すぎる。「デーン!」と声を出さないと台詞が出てこない八五郎、という演出を初めて観たのはいつだったか。この「デーン!」の登場で一之輔の『あくび指南』の可笑しさはケタ違いになった。喜多八の『あくび指南』を独自の演出で進化させた傑作だ。

今回のゲストはこの秋に真打昇進する一朝一門の弟弟子、春風亭一蔵。演じた『佐野山』は、谷風の情け相撲で勝ちを譲られた佐野山が引退を決意して谷風に挨拶に行き、はなむけに百両を渡した谷風が「お前これからどうするんだ?」と訊くと「漬物屋になります。今があるのもおとっつぁんのおかげ、これからも孝行(香々)します」でサゲるという演出。地の語りに落ち着きが出て聴き心地が好かった。

「ストッカラニッチ」「ヨカンベッチーノ」等々、杢兵衛の訛りを聞いたまま受けとめる喜助の頑張りが素敵な『お見立て』。いろんな演者がこの噺をやるが、喜助と杢兵衛のやり取りのバカバカしさにかけては一之輔が群を抜いている。田舎者の杢兵衛とワガママな喜瀬川の間に入る喜助のバイタリティ溢れる活躍こそが一之輔の『お見立て』の肝。廓噺という枠を突き抜け、騒々しいまでのドタバタ劇に徹する一之輔のやり方は、吉原にリアリティがない時代に『お見立て』という演目が存在する意義を与えている。立川談志が『木乃伊取り』をやりながら「圓生師匠に怒られるだろうなあ、『お前さんのアレは何でゲス』って」と言っていたのを、一之輔の『お見立て』を観ていてふと思い出す(いい意味で)。涙を出すためにコヨリを鼻に入れる演出は一之輔オリジナル。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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