「終る世界」

「終る世界」というテキストサイトをご存知だろうか?

もう少しで20世紀も終るという1999年~2000年にかけ、インターネット上で強いインパクトを残したサイトだ。

1999年10月28日、「自殺日記」と称するものが始まり、以下の文章が掲載された。

「僕は今日から100日後に死のうと思います。 死ぬ方法はまだ考えていませんが、何らかの方法で自殺するつもりです。 僕はもうダメです。 あと100日。」

以降、彼(性別不明だがここでは「彼」とさせて頂く)は孤独、恐怖、絶望、死への願いを吐き出し続ける。1日毎に。最後には必ず「あと〇〇日。」との表記…。

これだけ読んだなら、「はいはい、Twitterの構ってちゃんの先駆けね。」と思う方もいるだろう。

だが、当時のネットは正しく「アングラ」の世界。インターネットの世界で自分の思想信条を表明する人間など皆無に等しかった時代だ。まして自殺の意思表示など、誰が構ってほしくて公表するか。

やるなら本物しかいない。そう、西鉄バスハイジャック事件の「ネオ麦茶」のような。

彼の名前は「zedog」。この世の全てに絶望したような更新が続く。

例を挙げてみよう。

「今日は新宿の紀伊国屋まで行きました。 新宿には紀伊国屋は2つありますが、僕がよく行くのは JR新宿駅の南側にあるほうです。アルタの方にある紀伊国屋は人が多くて恐いからです。
店の中を捜してみましたが、『完全自殺マニュアル』は見つかりませんでした。 こういうときは店員に聞けばいいのでしょうが、 とても僕にはそんなことできません。
『完全自殺マニュアル』のかわりに1階で漫画を買いました。 レジで店員にお金を渡すときにちょっと手間取ってしまって、 時間がかかってしまいました。 そのとき店員の女性が「チッ」と舌打ちしたように感じました。 でもそのあと、少し微笑みながらおつりを返しておくれたので、 たぶん僕の気のせいだったと思います。
関係ない人の印象にはあまり残りたくないです。
あと90日。」

「自殺日記を書くまでは、死ぬことを考えては駄目だと思っていたけど、 自殺しようと決めてからは死ぬために生きているので、 以前よりは幾分楽な気持ちです。 楽しいことを無理に考えなくていいし、悲しいことを隠さなくていいし、 自分は暗い性格だとこのサイトの中では言えます。 昨日のことも、暗い性格のどうしようもない人間がやったことだと思えば、 自分でも納得できます。 以前だったら前向きに生きなくては駄目だと思っていたけど、 今はいくらでも後悔できます。
僕は後ろ向きに生きて、そして死にます。
あと76日。」

「人は希望がなければ生きていけないとよく言われます。 ほんの少しも明るい未来をイメージできなければ、 今を生きることができないのだと思います。
もし、この自殺日記を読んで自分も死にたくなった人がいるならば、 もう2度と読まないでください。 お願いします。
夢がある、心がきれい、ひとを外見で判断しない、働き者、努力を惜しまない、 頑張り屋、勇気がある、たくましい、明るい性格、謙虚、義務感がある、 すべての言葉が嘘のように思えます。 明るい未来を願うことができない人間は、僕1人で充分です。
あと51日。」

「生きていればいいこともある、そんな言葉は嘘だと思います。
自分をごまかしながらまた1年生きてしまいました。 別世界のように楽しそうな、大晦日から正月にかけてのテレビ番組も今年は見ません。 寂しい気持ちをごまかす必要はもうありません。
あと36日。」

・・・作り話といえばそれまでだろう。

だがzedog氏は淡々と更新を続ける。途中で「完全自殺マニュアル」を購入し、目的の薬を手に入れるため精神科へと向かう(1999~2000年当時のサイトであり、目的の薬はもはや精神科で入手することは出来ない)。

そこで綺麗な女医と遭遇し、人生で始めて心を許す相手ができて、そこのかかりつけ患者となり…結局、彼女のナプキンをトイレから持ち逃げし、妄想と夢の中で汚す。そのことに激しい嫌悪を感じ、自分は死ぬしかないクズであるとの確信を強める。

そして、zedog氏は某ホテルへ予約を取る。その近辺の森林で、首吊り自殺を図るためだ。

最後の10日間、絶望しかなかったzedog氏の日記に、ほんの少しだけ希望が見えてくるように私は感じる。                           彼は死にたかった。だが、死にたいなら誰にも告げず、無言のまま死ねばよかった。メールには「早く死ね」から「あなたは生きなれけばならない」まで、多様な連絡が来る。

途中でサイトの趣旨が問題視され、「終る世界」を上げていたテキストサイト「tripod」と「nettaxi」も消されてしまう(現在見れるサイトは有志によるtripodのミラーサイトである。)

それでも、彼は色々な人間と始めて交流を持ったことにより、自分が何故死にたかったのか、それを深く考え始める。苦しみながら、絶望に苛まれながら、それでも他者との交流を通じ、死と向かい合う。

そして100日目。zedog氏はこんな文章を残している。

「今、朝の5時10分を少し過ぎたところです。 窓の外は真っ暗で何も見えません。 廊下からかすかに足音が聞こえてきました。 きっとホテルの従業員が見回りに来たか、 早朝に仕事に向かう客でしょう。
これから、6時頃の電車に乗り、あの場所に行くつもりです。 朝早くに起きたのでいい気分とはいかないけど、 とても落ち着いています。 悪い夢もいい夢も見ませんでした。 ごく自然に起きてバスルームで顔を洗いました。
自分のやるべきことがはっきり分かっています。 ホテルをチェックアウトして駅に行き、切符を買ってあの場所まで行きます。 あの場所にある駅に着いたら、国道を通り山道に入ります。 ダムの見える場所まで登り、その後は、まだ自分でも分かりません。
ここのところずっと考えていたのですが、 もし僕が生きることを選択したとしても、 今後この日記は更新しないことにします。 このノートパソコンも、電車の中でハードディスクをすべてフォーマットして、 人目につかない場所に置いていくつもりです。 僕のことを心配してくださった方には、 無責任だと言われると思います。 確かに自分でも無責任だと思います。
今までいただいたメールはすべて読みました。 読んでいて涙が出るくらい嬉しかったメールもありました。 日記を読んでくださった方には、本当に感謝しています。
でも、あの場所で選択するとき、日記のことを気にして 生きることを選んでしまいそうな気がします。 生を選ぶのなら、本心から「生きていたい」と思っていることを 確認したいのです。 これからも生きていくとなると、苦痛を感じて、心の痛みを受け入れる強さを 持たなければなりません。 そうでなければ、僕は変われないと思います。 自分を否定した僕のままで生きたくありません。 自分を少しでも肯定して生きなければならないと思います。
それは、僕にとっては、ものすごく大変なことだと思います。 死ぬよりも辛いと思います。 だからこそ、自分自身で決めたいのです。 僕は生きるのか死ぬのか。 日記を読んでくれた人のためではなく、自分のために。 本当はこんなことを書いては失礼だと思いますが、どうかご理解下さい。
時間がきました。 これからチェックアウトします。 今着ているスキーウェアのズボンがちょっと長めですが、 長靴を履けばちょうどよくなると思います。 現時点では、生きるか死ぬか、本当にまだ決めていません。 僕はあの場所で決断します。 僕の人生で初めての決断です。
それでは、行ってきます。」

そして、以降zedog氏は2000年2月3日以降、20年以上に亘りネットへ何らのアクションも起こしていない。それは彼の言う通り生きていくための強さとしてなのか、当サイトが釣りだったからなのか、あるいは死んでしまったからなのか…。

2000年代初頭、主に2ちゃんねるで大論争を巻き起こしたサイトだ。フジテレビが取材を申し込んだとの噂もある。

「終る世界」と検索すれば有志によるミラーサイトがすぐ出てくる。是非とも、一度目を通して頂きたい。

日記もさることながら、サイト内の「記憶(9つの断片)」、「言葉(13の回答)」にも。



人の心を揺さぶるzedog氏の日記に対し、自分ごときが彼の心情を慮るなどおこがましい。

それでも、なぜ取り上げたのか。20年以上の隔絶があって尚、強烈なインパクトが伝わってくるのか。                               それは彼自身の苦しみが、ダイレクトに私へ伝わってくるからだ。

社交不安障害やASDの気質があることもそうだが、彼の39日目の日記。

「悪夢にうなされて体中汗びっしょりで起きました。 悪夢を見るのはよくあるけど、今日の夢は本当に気持ち悪かったです。 起きた後もかなりの間、不快感がいっぱいで何も考えられませんでした。
僕が少女を犯す夢でした。 少女の口にはパンティが丸めて入れられていて、 タオルで目隠しをされています。 服はビリビリに破けていて、腕にわずかに布のはしきれのように 絡み付いていました。
工場の跡地のようなところです。 ぐらつく窓の外には、カラスが2羽、錆付いた車の屋根に止まっています。 僕たち以外には誰もいません。
僕は少女の腕を押さえてペニスを挿入します。 出し入れするたびに少女は悲痛なうめき声を出します。 快感はまったく感じていないようです。 それでも僕はかまわずに動かし続けます。
と、突然パトカーのサイレンが聞こえてきました。 きっとこの少女の両親が捜索願いを出して、警察が少女の足取りを追って、 僕を突き止めたのだと思いました。 僕はもう逃げられないと思い裸のままで立ち上がり、 薬が入った瓶を手に取りました。 この瓶の中には青酸カリが入っています。 飲めばもがき苦しみながら死にます。 でも、もう時間がありません。 すぐそこまで、ドアのすぐ外に警官の靴音が聞こえています。 もう死ぬしかありません。 震える手で瓶を傾け、口の中に液体を流し込みます。 警官がドアを開けたと同時に、胸を掻き毟るような苦痛が 襲ってきました。
そこで目が覚めました。 ものすごく息遣いが荒く、ベットのシーツがかなり乱れていました。 起きた瞬間、恐怖感は不快感にかわりました。 自己嫌悪です。 いつもの妄想とは違い少女を無理矢理犯して、しかも青酸カリで死ぬ。 もしかして少女を強姦するのが僕の願望なのかもしれません。 苦しみながら死ぬのも、無意識に本当の僕が 望んでいることなのかもしれません。 そう思うと、とても気持ち悪くなってしまいました。
はやくバルビツール系の薬を集めようと思います。
あと62日。」

この「少女」を「少年」や「美青年」に変えてしまえば、それが私-ダニエルの望みなのではないかと苛まれるからだ。

自分のような醜い存在が他人を傷付けず、労れる存在となれるのか。真っ当に生きていても足手まといなのに、殊更に弱い立場の子供や若者を傷つけようとするクズに、生きる資格があるのか。

zedog氏の悩みの根本はそこだったのではないかと、騒動から20年以上経過し感じている。

私はzedog氏が本当に死んだと信じている。その方が救いがある。

2000年から今まで、彼の無事を望む書き込みが繰り返され、そして何の音沙汰もないのが答えなのだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?