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#14 愛は夢の中に/ポール・ウィリアムス

札幌でラジオ局アルバイトの職を得て、ここぞとばかり人生初のローンを組んだ。ちなみにそれはテレビでも冷蔵庫でも洗濯機でもなかった。

札幌に来て1か月、音楽を聴く機器がない。中学のころから使っていた目覚まし時計付きラジオを連れてきてはいた。わたしの10代のラジオ体験をすべて共有してきた青春の相棒だ。そんな、ラジオしか聞いてこなかった人間が放送局の制作に回るわけなので、何かしらのオーディオは必要である。時代はもはや塩化ビニールからCDユースに置き換えられつつあった。新譜もコンパクトディスク発売に移行しており、音楽リスナーとしての欲求を満たすためにも、仕事のためにもオーディオ機器の入手は急務だった。

今後の生活を考えると、安価なラジカセという選択肢もあったが、店舗にいくとやはりコンポに目が行ってしまった。たぶん、そうご電器だったような気がするが、どこの店舗だったかは忘れた。87年ころ南野陽子がCMキャラクターをしていて、憧れていたONKYOラディアンのシリーズに決めた。上からレコードプレイヤー、チューナー、EQ、ダブルカセットデッキ、アンプ、CDプレイヤー、そし高中低の3WAYスピーカー。完璧だ。

たしか25~26万円ほど。社会人1年生、時給500円の私にとっては恐ろしく高額な買い物である。春、最初に構えた北34条のアパートは、家賃も高く無駄に2部屋あった。2か月後、職場の上司のススメで、会社に近い北9条の安アパートに越したばかりだった。

6畳一間の狭いアパートにラディアンを設置し、事前に買っていたCDをかけた。初めて買ったCDはA&Mコンポーザーシリーズ【ロジャー・ニコルズ&ポール・ウィリアムス】か、高野寛【RING】のどちらか、同時購入かもしれぬ。ロジャニコはラジオを聴いてはまり、作品集が出ていることを知った。いくつかの音楽雑誌でその存在を知っていたが、当時のA&Mのディストリビューションはポニーキャニオン。ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズもCD化されておりこの直後に購入、小西康陽さんのライナーを熟読することになる。

渋谷系前夜のマグマのたぎりは、このアルバムの流布から始まったと言っていい。カーペンターズの諸作、クローディーヌ・ロンジェ、サンドパイパーズ。当時のA&Mの豊潤な輝きが堪能できる一枚。中でもカーペンターズの「愛は夢の中に」(アイ・ウォント・ラスト・ア・デイ・ウィズアウト・ユー)は、聴き比べができた。わたしは断然、ポール・ウィリアムス版に惹かれた。語りかけるような彼の歌声は、ひとり暮らしを始めた19歳の青年にはやさしく苦々しく響いた。誰もが実家を離れる時に去来する感覚。故郷への郷愁と、将来への不安が入り混じる、人生で一度しか味わえないあの感覚である。

初めて買ったCDにしては地味すぎる。その後、ロジャニコは渋谷系文脈の中でブレイクし、ポールのその作品も再発が相次ぐこととなる。


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