【5月2日のnote】圧への恐れと反抗期

根源について

ボクは圧の強い人が苦手です。と以前も書いたように思いますが、その根源が少し見えたように感じたので書いてみます。

根っこは幼少期のオヤジとの関係性にあると思いました。我が家のブームである「ゼロサイクル」をかけられている時に、そう思ったのです。

うちのオヤジは空手が黒帯で頑固者。ボクは非力だけど口が達者だったので、オヤジに対して歯向かうとすぐに手が飛んできました。

そうなると子どもは委縮しますよね。何か言ったら叩かれる。コトバが出なくなります。

オヤジに悪意はなく、もちろんむしゃくしゃして八つ当たりされたときもありますが、まあ人間ですし、ボクも我が子にイラっと来ることはあるので。それはそれでいいのですが、オヤジは躾の一環で手を出していたと思うんですよね。

手を出すことはいけないコトだと思いますし、ボクは我が子に手を上げるコトだけは絶対にしない!と心に決めています。ボクみたいに何も言えなくなったら大変じゃないですか。

よく我慢強いよねって言われますが、それって単に言えないだけなんですよね。我慢しているとは、ちょっとニュアンスが違います。

我慢するから、それがストレスとなって体に出るコトが数年に一回あります。事を荒立てたくないし、勝手な妄想でこっちが言い負かしてしまうと相手が可哀想なんておこがましいコトを思っていることもあって、なかなか言い切れないんですよね。

それも個性だし、良いコトもあるのでデメリットとも、マイナスだとも思っていませんが、圧に対して恐れがあるのは、やっぱりオヤジとの関係性でしょうね。

その恐れが反抗期がなかった一因だったと思います。反抗期の有無が大人になってから、どう作用するのかは分かりませんが、今となっては殴られてもいいから反抗しておけば良かったなあと思わなくもないです。

3兄弟のボクは長男で、三男はまあやんちゃでね。それこそ絵に描いたように反抗しまくっていたので、それを観てしまうと自分もやっておけばと。

オヤジが手を上げたり、手を出したりしたことに、今では”ほぼ”なんとも思いませんが、それがボクの悩みになっているように思うので、このあたりは解消して次のステージに行きたいですよね。

おもいのままに。続けます。今日も呼吸ができた。ありがとう!

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