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『夢幻回航』16回 酎ハイ呑兵衛

「実戦で役に立つ物が良い」
沙都子が言った。
「と言うと?」
西園寺時子が、質問を返す。
「打ち合った時に、刃こぼれしない、本物のバトルナイフが良い」
儀式的な、呪力重視のお飾りナイフはいらないという事だろう。
打ち合った時にと言うのは、ナイフ戦を危惧しているのだろうか。
里神翔子は、体術もかなりのものだ。
本格的なバトルを想定しているという事だろうか?
実は、沙都子の考える想定事項は、そんなものではなかった。
猶が攻撃を受けた時に、相手の鬼の強さに刃が立たなかったのを考慮しての事だった。
鬼の皮膚に傷をつけられるだけ業物を望んでいるのだ。

「鬼とやり合えるだけの物がいるのでしょう?」
時子は流石に沙都子と付き合いが長いだけあって、彼女の意図をおぼろげにでは有るが、理解した。
さすが相棒!とは言わなかったが、沙都子は話が早く済みそうだと安心した。
しかし、そう簡単にはいきそうもなかった。
「それだと、さっきのナイフだと、硬度と耐久力のバランスが悪い。もっと考える必要がある」
時子は、スマホを取り出して、カタログのPDFファイルを表示させた。
「うちにある在庫だと、物理攻撃で、鬼を傷つけられるような協力なのは、多分置いてないはず」
指をスライドさせて、表示を変更する動作をしていたが、時子の指が止まった。
目的に合ったナイフを発見したのだろう。
「これなんかどうかしら」
薦められたのは、刃渡りが30センチもある山刀であった。
山刀とは、どちらかというと、ナイフではなく、なたに近い物で、確かにこれならば、鬼の硬い皮膚にも傷を付けられるだろう。
そのデータと、画像を見た沙都子は、少し顔をくもらせた。
「これは酷いのじゃないの?」
沙都子が感想を述べた。
「お気に召さなかった?でも、攻撃力は最高。それに、あなたの性格とスタイルにはピッタリなんじゃないのかな」
最後の一言は、沙都子への宣戦布告か。
また漫才が始まるのかなと、世機は期待して眺めていたが、沙都子は相手の誘いにはのらなかった。

少し考えてから、納得したのだろうか?頷いて答えた。
「任せるよ」
「不満がありそうだけれど、承りますが?」
「今回は、あなたに任せる」
沙都子の反応に、時子は意地の悪い笑顔を見せて、少し上目遣いに沙都子を眺める。
「殊勝なあなたを見るのも悪くはないけれど、少しおとなしすぎない?最初の勢いはどうしちゃったのよ」
本気で心配しているのかどうなのか、時子の言葉からは想像が出来なかった。

沙都子は世機に意見を求めるように、視線を送ったが、世機はこの2人の間に入っていける自信が無かったので、合図を見送った。
沙都子もあまり期待していなかったらしく、時子に理由を話す事を決めた。
「予感みたいなものが有って、今回の敵はかなり強敵になるのではないかと思っているのよ」
「予感?どんな」
どんなと聞かれて答えられるようなものではなかった。
理由か。
沙都子は考え込んでしまった。
見かねて世機が助け船を出す。
「予感なんてのは、危機感や不安感の現れみたいなものさ。だから、理由なんてないんだよ。時子さんだって解るだろ?」
世機に言われて、時子は肩をすくめて見せた。
「自信家の沙都子が、しおらしい事を言うものだから、ちょっと聞いてみたかったのよ」

黙り込んでいた沙都子が、再び会話に参加してきた。
「まあ、確かにわたしらしくないか」
言って、顔をパンパンと叩いた。
そして、「これにして、これがいい」と、鉈のような物を指していった。
この山刀ならば、攻撃力はあるだろうが、いつもはスタイルを重視する沙都子が、これほど恐れるなんて、余程の恐怖感があるのだろう。
時子は沙都子のこんな所を見た事がなかった。
それだけに、彼女の要望に出来るだけ応えてやろうと、持てるだけの商品知識を駆使して、候補をいくつか挙げた。

結局、沙都子は一時間ほど試行錯誤の後に、メインの武器は最初に薦められた山刀と、サブの武器には、10本セットの小型ナイフを選んだ。
それと、いつもは使う事がない、特殊なお札を300枚注文した。
そして、注文が終わり、契約を済ませてから、沙都子はある事に気が付いて、愕然とした。
「お金が入るかどうかわかんないんだった!!!」
今回のスポンサーは、とっくに亡くなっているし、連盟が、仕事を継続するかどうかも判断保留だった事を思い出して、そして時子から受け取った請求書の金額を見て、頭を抱え込んでしまった。
世機はその様子を見て、ハハハと、乾いた笑いを浮かべた。
西園寺時子は、してやったりと満面の笑顔で、「まいどあり~」と言ってスマホをポケットにしまった。
沙都子は時子をにらみつけ、世機にもガンを飛ばした。

戦いを制した時子は、機嫌がよかった。
「コーヒーでもいかが?」
にこやかに、二人にコーヒーをすすめる。
沙都子はまだ不機嫌で、頬を膨らませて、テーブルの上に肘をつき、ティースプーンでコーヒーを掻き回す。

「このナイフだけで勝てるかな。もう少し考えないと」
沙都子は深刻な顔で、コーヒーを口にした。

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