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「夢幻回航」5回 酎ハイ呑兵衛

「なるほどな」
山田は沙都子から奪った缶コーヒーに口をつけた。
世機は今までの事件の経緯と、里神翔子が相手の中にいることを話した。
「里神翔子か、札付きじゃないか」
さすがの山田も驚いて、コーヒーの缶を落としそうになる。
里神とはそういう術者である。
「山田さんは手を引けって」
沙都子が山田に切り出す。
「ああ、なにか呪術者協会の方から依頼が有ったらしい」
山田は言った。
「協会絡みですか」
世機は、呪術者協会の事を思い出していた。
協会は、世機の属する連盟とは別の団体である。敵対しているわけではないが、それほど中が良いわけではない。

「何て言ってきたの?」
と、沙都子である。
「興味有るなぁ」
と、こちらは世機である。
「いやぁ何て事はない。仕事のじゃまをするな、とか」
山田は答えた。
「なんだいそれは」
世機は至って普通の反応で、大して驚きもしない。
詳しい理由は山田にも聞かされていないのだろう。
「納得できないな」
沙都子は足を組んでふんぞり返る。
鼻息が荒いな、と、神憑世機は下を向いてプッと吹き出す。
人が亡くなっているのに不謹慎と思われるかも知れない。
こう言った仕事をしていると、感覚が鈍くなっていくのだろう。

沙都子は「なに?」と言って世機を睨む。
山田は探ってみようかと言って、スマホに何か入力した。
沙都子と世機は興味深げにそのようすをみていた。
山田はメッセージを送り終えると、スマホをポケットにしまった。
「心当たりに調査を依頼しておいた。少し癖のある人だからな、しばらくかかるかも」
山田は言ってからコーヒーを最後の一口まで流し込んだ。
誰に頼んだのだろうか。
山田が名前を出し渋っているところを見ると、沙都子や世機の知り合いではないのかも知れない。

世機は今日起こった出来事を、順を追って整理してみた。
まず襲ってきた場所だ。
よく考えてみると予め待ち伏せていたのかも知れない。
通り道にそんなに都合よく出食わせるわけはない。
襲ってきたタイミングと言い、予め狙っていたとしか思えなかった。

そうなると、通り道を知っていたことになる。
ということは、タクシードライバーの吉住猶が怪しいということになる。
しかし世機には彼女がスパイだとは思えなかった。
確証はなかったが、霊的な直感とでも言うところだろうか。
おそらく沙都子も彼女は違うと言うだろう。
本当に根拠がない信頼なのだ。
吉住猶には何故か信じられるところがあると思えた。

そうなると一体なぜタイミングよく待ち伏せのようなことが出来たのか。
呪術的な技で言うならば、予知予言のたぐいだろうか。
予知や予言をする技や術者は数多いるが、正確さに欠けるし手間のかかることも多い。
だからといって違うという事になならないが、世機はおそらくこの手の能力ではないと思っていた。
おそらく誘導されたのだ。
操られていたと言ったほうが正解かも知れない。
呪術というよりは、背乗りという人を操るスパイ方法がある。
世機や沙都子は前に一度体験したことが有ったので、その時の操られる感覚に似ていた。
だがこの背乗りという技は特殊な技であるから、そんなに使い手が多いわけではない。
世機も沙都子も忘れてしまっていたのだろう。
背乗りという技は、相手の感覚を共有して視覚などを利用して情報を得る技である。
世機や沙都子たちのような霊感のある者は、嫌な感覚があるので感じ取れるのだ。

里神翔子の技か。
反政府運動やテロ組織などと関わりの深い里神翔子ならば、そういった技を知っている可能性は高い。
自身で使ったか、もしくは別に仲間が居たのかも知れない。

もう一つの謎は何故死体を腐乱させたかであるが、こちらの方は大きく分けると2つの理由があるのではないかと世機は思っていた。
理由1は、使った術の特性。
殺す目的だけならば、死体を腐られる必要はないので、そういった追加の機能のある技を使った可能性だ。
これならば、ある程度の納得はできそうだ。
そして理由2はどうしても死体を腐らせる必要が有った場合だ。
だがこれは、死体を腐らせなければならない理由というのが、世機には解らなかった。
山田もその点については何も言ってこないところを見ると、理解できていないのだろう。
山田正広という男は、態度は横柄なところもあるが、細かいところに気がつく。
仕事も正確だし、世機も沙都子も信頼している男である。
その男がこのことに何も気が付かないということはない。
あるいは気がついていたとしても、言えない何かがあるのだろうか。
今回の依頼から手を引けという指示となにか関係があるのかも知れない。

「お前らも、このまま手を引けと言われても釈然としないのだろう」
山田が言った。
「そうね」
沙都子が返す。
「なにか分かったらあとで連絡するよ」
「それまで待機するか、次の仕事でもやっていてくれ」
山田は言ってから、殻になった缶をゴミ箱に捨てた。

世機と沙都子は来たときとは違って、エレベーターに乗って1階まで下がった。
途中で、見た目が小学生くらいの男の子が1人乗ってきて4階で降りた他は、誰も乗ってこなかった。
沙都子は男の子が降りて行くところを見て、違和感を覚えた。
「ねぇ?あの子」
「あの子は此処の名物だよ」
世機は少年の正体を知っている様子だった。
「あの子、ふぅん」
沙都子はまだよくわからない様子だったが、世機の言葉で納得した。
「幽霊さんか」
「気が付かなかったか?」
沙都子も世機も霊感とでも言うような能力はもちろん持っている。
霊感が無くても技術としての呪術は誰にでも使えるが、霊感が優れていた方が、術や技の威力が圧倒的に強くなるのだ。
エレベーターが1階に着いた。
沙都子は周りに誰も居ないのを確認してから、3歩ほど進むと、両手を頭の上で組んで大きく伸びをした。
「あの子、なんか感じが違ったよ。普通の幽霊じゃないの?」
「あいつはここの守り神さ。座敷わらしのようなものかな」
「座敷わらし?こんなところに」
「正確に言うと違うけれど、あの子は神霊だよ。神様さ」
「神」
「見られただけでラッキーなんだよ。運が付いたかもな」
世機は事件のことを考えながら、心ここになしという態度も隠さずに答えた。

「世機、あんたまさか」
続く言葉を飲み込む。
「それほど馬鹿じゃないよ」
沙都子が言いたいことは分かっていた。
世機もその事を考えないわけではないのだが、今回は相手が悪そうだ。
里神翔子、厄介な相手だ。
こちらが降りたと言っても、向こうからなにか仕掛けてくるかも知れない。
まあそんなことはないとは思うが、それでも用心に越したことはない。
考え過ぎかなと世機は思ったが、口には出さないでおいた。
沙都子は「そうなの?」と言ったきりで、それ以上何も追求しなかった。
およそ考えていることは筒抜けか、世機は腕の時計を見た。

世機はスマホの時計以外にも腕時計をつけていた。
荒事の多い業界であるから壊れてしまう可能性があるので、時計をいくつも身に着けているし、スマホもいつも使うものの他に2台持っていた。
いつも実戦には備えているつもりであるが、今回はその備えも霞んで見える。
素直に手を引いたほうが良いのだろうなと思ってしまう自分に、世機は歯噛みした。
今回の相手とはまた戦ってみたい。
世機は自動ドアをくぐって外へ出た。
ここからは駅が近い。
「歩いていこうか」
沙都子に声を掛ける。
「それは駄目そうだね」少し間を置いて、沙都子が答える。
沙都子にそう言われて、世機は辺りに視線を這わせてみる。
吉住猶が車の窓から手を振っていた。

猶は、先ほどのタクシーから自分の車に乗り換えてきたらしい。
吉住猶のイメージとはほど遠い気のするが、彼女の自家用車は白塗りのラリー仕様だった。
「凄いね」
世機は無遠慮に車を隅々まで見まわす。
アイドリングのエンジン音を聞き、良い音だねと誉めたり、マフラーは何処製かとたずねたり忙しく眺め回す。
それに対して猶が自慢げに返すのだが、沙都子には何のことかサッパリ分からなかった。
沙都子はバイクや車の運転は出来るけれど、メカの話は蚊帳の外である。
世機の方は沙都子とは嗜好が違って大のメカ好きだった。
だが、世機は荒事の多い術師をやっているので、車は持たなかった。
運転中に襲われると、どうしても反撃に出るのに遅れがあり、勝機を逸してしまうのだ。
回りの術師達も世機も沙都子もそう思っていた。
だが、猶はそうではないらしい。彼らとは違う考えを持っている。
猶の車を丹念に調べていた世機はこの車には防御の術が幾重にも施されているのに気が付いた。
「そう来たか」
身を低くして調べていた世機が、立ち上がりざまに言う。
「???」
吉住猶はなんのことかわからずに、神憑世機を見つめる。

「凄い防御だね」
世機は本当に感心したというふうに頷きながら褒める。
「あ、わかりました?」
猶は得意げに胸を張り、顔を輝かせる。
こいつも技術バカかな、と世機も嬉しそうだ。
それにしても見事な防御である。
呪いを防ぐというだけならば、ほぼ完璧な技である。
まあ、完璧と言っても破れないわけではないのだが、それよりも技の使い方である。
彼女はよほど、車の運転が好きなのだろうなと、世機は思った。

「乗ってください」
猶は促す。
「どうして迎えに?」
沙都子は今日知り合った子がどうしてこうも簡単に人懐こく自分たちに寄ってくるのか不思議に感じた。
猶の事を信用していいのかどうかわからなくなってしまった。
「いつの間に、髪を染めたの?」
そういえば猶の髪の色が先程と違う。
ウイックだろうか。
猶の髪の色は仕事中の先ほどは、淡い栗色だった。
今は薄い青、というよりも水色に近い。
「カツラです」
カツラと言うか?沙都子はなんとなくこの人懐こさは猶の性格なのだと思った。
術師になろうという者は、どこかひねくれている。
育った環境が特殊で更に不幸な生い立ちの者が多いので、猶の態度は沙都子にとっても新鮮だった。

だが猶の中にある暗さにも、沙都子は気がついてしまった。
どんな人生を歩んできたのだろう。
興味はあったが、沙都子はあえて勘繰ることはしなかった。

沙都子は車のドアを開けて助手席に乗り込んだ。
世機は後部座席に座り、シートベルトを締めた。
猶がアクセルを踏むと、エンジン音と微かな排気臭が辺りを埋めた。

「電気だとこうは行かないね」
世機はほんの少しテンションが上向いている様子である。
「分かります?」
猶は嬉しそうに答える。
沙都子はそんな二人のやり取りを詰まらなそうに見ていたが、本当に詰まらないのだろう、窓の外の流れ消える風景を眺めて溜め息をついた。
もう辺りは暗くなりはじめて、街灯の明かりが流れ星のように消えてゆく。
沙都子は黄昏時のこの重苦しく感じられる風景がとても気に入っていた。
気持ちが落ち着くのだ。
沙都子は欠伸すら出てくるのではないかと思うくらいゆったりとした顔つきで、外を眺めていた。

世機はまだ猶と話していたが、沙都子は気にしないようにしていた。
日は落ちて、車内のイルミネーションが美しく映える。
猶がアクセルを動かす度に、メーター類の針が動く。
窓の外の景色が見慣れたものに変わって行く。
空には月明かりをまだらに見せる様に雲がいく筋か浮かび、濃淡のある青黒い夜空を彩っていた。
もう少しで住み慣れた家に帰れると安心したせいか、精神が綻び、沙都子に欠伸が出た。

今日は緊張の連続だった。
里神翔子と2匹の鬼との死闘に始まり、依頼者の死体発見から調査して警察に連絡。
事情聴取が終わってからは連盟本部での担当職員である山田正広に報告しなければならなかったから、
かなりハードな1日だった。
沙都子は溜め息混じりに窓から視線を離して、椅子の背もたれに寄りかかる。

里神翔子との闘いが、頭をよぎる。
あの戦いにおいては、里神は全力を出していなかったのは、沙都子にもわかっていた。
様子見に来たのかな。
そんな予感がした。
何のために、いったい何に対しての様子見なのか。
沙都子や世機もそうだが、呪術師は霊感直感が鋭いためか、物事の感じ方が特殊だった。
感が働いて、それに向けて答えを組み立てると言った順序で思考が進むのだ。
この思考方法は、気をつけなければいけない点が幾つかある。
最大の注意点と言うか、この嗜好手順が危険な点は、感が外れる事がある点である。

術師の感は神憑っているので、はずれることなど滅多に無いのだが、世機のように戦闘型であっても熟慮して行動するように自分を戒めている者もいる。

何の目的で襲ってきたのか?
小林さんを殺すのが目的ならば、自分達を襲撃する意味がないのだ。
里神翔子はこの世界では実力者で有名人だ。
ほかに目的が有ると勘ぐるのは当然だろう。
沙都子は途中で思考を打ち切らなければならなかった。
猶は沙都子と世機の事務所件自宅にしている集合住宅の入り口前に車を着けたのだ。

「晩ご飯、たべていく?」
沙都子は猶に聞いた。
猶は二つ返事で誘いを受けた。
猶は憧れの先輩から誘いを受けた女子高生のように、少しドキドキしながらも喜んで誘いを受けた。

「車はどこに止めておけば良いのですか」
猶はたずねた。
「どこでも良いよ、通行の邪魔にならなければ、どこへ止めてもいい」
世機は言い、沙都子とともに車を降りた。
「本当にどこでも良いのですか」
猶の問いに世機はフッと笑った。
「このマンションは、同盟の持ち物なんだよ。同盟の社宅のようなもので、術師ばかりが住んでいるんだ」
「??」
「だからそんなにうるさくないから、大丈夫だよ」
世機は猶に言う。
猶は車を入り口脇の邪魔にならないところに止めると、車を降りて二人の待つところへ戻ってきた。

世機も沙都子も猶が来るまで、中へ入らずに待っていた。

里神翔子は沙都子や世機との戦いを終えた後に、誰も居ない町並みを眺めながら歩いていた。
鬼達は次元に隙間に隠してある。
正確に言うと、彼女の身につけている指輪の中に次元の隙間を作って、鬼を閉じ込めてあった。

翔子は作戦が予定通りに進んでいることに安心してなどいなかった。
なんだか嫌な予感しかしなかった。
世機や沙都子と同じように霊感の類いなのだが、翔子の方はこの直感をかなり信じていた。

考え事をしながら歩いていると、1人の男がこちらに歩いてくるのがわかった。
人払いの結界をしているのになぜ?
男はパーカーを着込んでいて、フードをかぶって顔を隠していた。
霊気は感じなかった。
薄い、赤みがかった紫色の地に、背中にはダークレッドでドラゴンが描かれていた。
ドラゴンの輪郭や陰のところは黒く縁取られていて、中はダークレッドの布地が使われていた。

翔子は付近のビルに入っている、不動産屋のガラスに映ったドラゴンを見ていたのだが、このガラスが鏡のように鮮明に映像を映し出すのである。
綺麗な色彩のドラゴンだが、翔子の好みではなかった。
背中にドラゴンなど、彼女には似合いそうもない。

男が翔子の脇で止まる。
翔子も歩みを止めて、男の方に顔を向けた。
フードの下の男の顔が、かろうじて確認できた。
男は彫りが深く、鋭い眼光を放つ瞳と、逆タマゴ型の輪郭の為に、かなり神経質そうに見えた。
体つきは痩せていた。
そうは言っても貧相な体つきという訳ではない。
長い袖やフードの下から露出する素肌は、黒っぽい色をしていた。

男は翔子のよく知った人物だった。
「なんだ、アンタか」
翔子は気軽に声をかける。
男は少し顔を歪ませたが、別に翔子に対して含むところが有るわけではない。

「相変わらずだな」
男は言いながら、チラリと翔子を見る。
眼光が鋭いので、相手によっては自分を睨んでいるように感じるかもしれない。

「何の用だ」
翔子も、仕事用の顔つきに戻っていた。

「なんであいつ等に接触したか聞きたがっているようだ」
男は口早に言うと、翔子の返事を待った。
「本部に来いって事ね」
辟易とした様子で翔子は答える。
「早めに来いよ」
男は言ってからまた歩き始めた。

翔子も男から視線をそらせて、少し間をおいて歩き始めた。

面倒だな、と、翔子は協会を牛耳っている年寄り達の顔を脳裏に浮かべて、苦々しく顔をひきつらせて笑った。

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夢幻回航

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