基本的な産業医との付き合い方〜言葉の難しさ〜

事例

人事の朝倉は最近、産業医の佐々木の話しにややスッキリしない日々を過ごしていた。それは最近行われた従業員の復職面談に出席した時に感じていた違和感が原因であった。

―ある日の復職面談―

佐々木「はじめまして、産業医の佐々木と申します。今日は復職面談よろしくお願いします」

従業員A(復職者)「はい、よろしくお願いします」

佐々木「主治医の診断書は拝見しました。今の体調なのですが、睡眠はどうですか?たとえば早朝覚醒(そうちょうかくせい)とか中途覚醒(ちゅうとかくせい)といったものはないですか?」

従業員A(復職者)「早朝カクセイですか?(カクセイってどういう意味だろう・・・すごく元気になることかな)。多分ないと思います」

佐々木「わかりました。では睡眠はしっかり取れているんですね。薬は効いているようでよかったです」

従業員A(復職者)「(実際は眠れてないし、夜中も数回、朝早くにも起きちゃうんだよな・・・)」

佐々木「全身の倦怠感(けんたいかん)や傾眠傾向(けいみんけいこう)はあったりしますか?」

従業員A(復職者)「(倦怠感ってなんだろう・・・ケイミン?・・・どういう意味だろう・・・)。ひとまず問題なく生活できてます」

佐々木「わかりました。日常生活も睡眠も問題ないようですね。主治医の復職可能の診断書もありますし、基本的には復職で良いと思います。最初は残業は控えてくださいね。」

―1週間後―

朝倉「先生、先日復職面談した従業員なのですが、睡眠が十分取れてないようで、朝起きられなくて遅刻や欠勤が続いてしまっています。どうしましょう」

佐々木「(復職面談の時は睡眠も体調も問題ないって言ってたんだけどな・・・)」

朝倉「どうやらこの前の産業医面談のときもしっかり眠れていなかったみたいなんです」

<この記事の事例はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。>

事例の解説

今回の事例は産業医が企業という組織の中で話をする時に、しばしば“医学的な専門用語”を使ってしまい会話がうまく成立しないという場面をご紹介しました。

人事担当者の皆さまも産業医面談に同席することがあると思いますが、医学的専門用語を用いて話している産業医に会うことも少なくないのではないでしょうか。

実は産業医の中には専門用語を無意識に使ってしまっている医師も一定数いるためそのことに気づかないことがあります。

そのような場合、言葉の問題で従業員と実はコミュニケーションが取れていない可能性があります。その例をいくつか紹介しましょう。

医師がついつい使ってしまう専門用語

・早朝覚醒(そうちょうかくせい)
 →目覚ましをかけた時間や、予定している時間よりも早く目が覚めてしまうこと
・中途覚醒(ちゅうとかくせい)
 →深い眠りの時間帯に意図せずに目が覚めてしまうこと(トイレは除く)
・不眠障害(ふみんしょうがい)
  →入眠障害(にゅうみんしょうがい)や中途覚醒(ちゅうとかくせい)、
  早朝覚醒(そうちょうかくせい)などの睡眠問題を含む
・倦怠感(けんたいかん)
 →身体がだるいこと
・希死念慮・自殺念慮(きしねんりょ・じさつんりょ)
 →死にたいと願うこと
・自殺企図(じさつきと)
 →様々な手段により、実際に自殺を企てること
・エビデンス
 →何かの治療や検査を行うための科学的根拠のこと(論文やガイドライン)
 ※ビジネスでの文脈と異なり、何らかの既存資料や記録文書・証憑といったものを指すわけではない
・心窩部痛(しんかぶつう)
 →みぞおちのあたりが痛いこと(胸の骨の一番下の凹み周辺)
・背部痛(はいぶつう)
 →背中が痛いこと(部分的でも全体でも)
・心理的安全性
 →集団の中で自分の気持ちや考えを安心して話すことができることなど

このように、医学的専門用語を使ってしまい、お互いに違う意味の言葉を想定してしまうことで、全く異なる意味に取られてしまうこともあります。これらの言葉を人事担当者が全て理解する必要はありませんので、このような医学的専門用語があるのだ、という程度に知っておいていただければいいとかと思います。

このほかにも非常に多くの医学研究用語が「理解しにくい医学研究用語」として医療情報をわかりやすく発信するプロジェクト(東京大学 https://ez2understand.ifi.u-tokyo.ac.jp)として公開されています。

産業医にどう伝えるか

このように、専門用語を使っている産業医に、そのことをさりげなく伝えるにはどのようにすればよいでしょうか?このようなことに顔色をうかがうような関係性はあまり望ましいものとはいえません。

その場合、産業医には人事担当者の方からそっと
「いくつかでてきた医学用語について教えてください。次回から私からも補足できるようにします」
と伝えてみてはいかがでしょうか。

そうすることで、産業医自身も言葉の意味が伝わっていないことに気づくことができるかもしれません。

定義について確認する

従業員との面談においても、医学的専門用語が出てくることもあるかもしれません。面談に同席しているもの同士で、言葉の定義があいまいでは、後々のコミュニケーション・エラーが生じるかもしれません。
その場合に、人事担当者の方から、
「今出てきた睡眠障害というのは、Aさんの寝つきが悪い症状のことを指していると理解してもよいでしょうか」
と確認してみてはいかがでしょうか

そうすることで、産業医自身も専門用語を使っていて伝わっていない可能性に気づくことができるかもしれません。

最後に

産業医も医師であるため、気づかないうちに医学的専門用語を使ってしまうことがあるかもしれません。産業医には企業は病院でないということ、対象者や関係者は患者や医療の専門家ではないということを知ってもらう必要がありますが、なかなかそのように気づく教育を受けておらず、ビジネスマナーも不十分なことが少なくありません。人事や企業の皆様は産業医を”教育”するような気持ちでいただくのが良いかもしれません。

また、人事側からも従業員に対してあらかじめ
”面談の時に産業医の言葉でわからないことがあればその場で聞きましょう”
と伝えることも大切です。

従業員と良いコミュニケーションが取れる産業医面談が行なわれることを祈っています。

本記事担当:@hidenori_peaks
記事は、産業医のトリセツプロジェクトのメンバーで作成・チェックし公開しております。メンバーは以下の通りです。
@hidenori_peaks, @fightingSANGYOI, @ta2norik, @mepdaw19, @tszk_283,@norimaru_n, @ohpforsme, @djbboytt, @NorimitsuNishi1
現役の人事担当者からもアドバイスをいただいております。


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