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夢の中の友人

一歩ごと歩くたびに、踏んだ足下のタイルがちかちか光るから、これは夢なのだとすぐにわかった。暗くて長い通路を私は歩いている。はじめて通る、知らない道だった。 
もうずいぶん長いことこうして歩いている気がする。ちょっと座って休もうかとも思うけれど、そうすると足下のタイルは光ることをやめてしまう。まっ暗闇でじっとしているのは怖かったから、このまま歩くしかなかった。

少しして、遠くに人影を見つけた。スカートがゆれる、ふわふわと歩いていく、女の子だ。ちょっと安心する。
女の子は傘を差していて、ふうわり歩くリズムに合わせてタイルが光り、その都度持っている傘の絵柄がぼんやりと照らされる。そのうちに、おすまし顔の猫がたくさん、油絵風のタッチでぐるりと描かれた傘だとわかる。私はあの傘を知っている。前にёにプレゼントした傘だった。するとあの子はё?

ёのことを思い出す。毎年誕生日プレゼントは猫のグッズをあげていて、だからあの傘を見つけたときはすぐに決まった。ёは気に入ってくれて、雨傘だけど猫を濡らしたくないから日傘にしようかななんて手紙をくれた。
私もёからいろいろ貰った。猫のマスコット、猫のペンダント、猫のポーチ・・・。ёはセンスがよくて私の好みもよく知っていたから、どのプレゼントを貰ったときもすごく嬉しかった。
ёに会うのはなんだかすごく久しぶりな気がする。私たち、最後に会ったのはいつだったっけ?

女の子の後ろ姿に向かってёの名前を呼んでみたら、やっぱりёで、振り返って、私に気づいてびっくりした顔をした。
ёが結婚する前、まだ地元にいた頃、仕事帰りにバスで偶然出くわすことがよくあったけれど、そのときみたいに自然な感じで、お互いに出会えたことを驚き、喜んだ。

え~!なんでここにいるの? 
わかんない、でも会えてよかった~。

ёと楽しくお喋りしながら歩いていたら、徐々に光るタイルが増えて、道は先の方まで照らされて、明るくなっていった。 

ねぇちょっと座ってもいいかな?とёが言って、たしかに歩きっぱなしで疲れたよねぇと、二人でしゃがんだ。
そのときになってようやく私はёのおなかが大きいことに気づいた。そうだ、ёは妊娠しているんだった!と思い出して、そのことを気遣ってあげられず、久しぶりに会えてはしゃいで、ずっと歩かせてしまって悪かったなぁと申し訳なく、情けない気持ちでいっぱいになった。
急に私が黙ってしまったから、ёは私の気持ちに気づいたかもしれない。でも二人ともそのことには触れず、なんとなく黙っていた。

するとёが突然、ゆでたまごがあるんだけど食べない?と言った。わたしはびっくりしたけれど、ほとんど反射的に、食べたい!と言った。
ёはかばんに手をいれてごそごそやると、いつおなかがすいてもいいようにいろいろ持ち歩いているんだよねと言って、中からひとつたまごを取り出して見せた。そしてゆっくりと丁寧に殻をむきだした。ёが殻にひびをいれようと、地面のタイルにたまごをコンコンと当てると、ぱっぱっと火花みたいに光が飛んできれいだった。私はぼんやりとその作業を見つめていた。殻をむき終えると半分に割って、片方を私に渡してくれる。たまごはひんやり冷たくて、黄身はオレンジ色で満月みたいだった。ほおばるとしっとりと甘くておいしい。もぐもぐ食べながら、いいかんじの茹で加減だねと私が言うと、ゆでたまごは得意なんだよねとёは笑った。 

しばらくすると目が慣れたのか、ここはいつもふたりが別れていた、あのコンビニがあるバス停の道だということがわかった。
なんだここだったとはねぇ!とおかしくて、二人して大笑いした。 

それでいつもみたく、曲がり角のところで名残惜しくもさよならした後に、ёの方を振りかえってみたら、ちょうどёも振り返ったところで、差している傘をひょこっと持ち上げるようにして、ばいばいと合図してくれた。

そうだ、傘のことを言ってなかったと思って、
その傘使って使ってくれてありがとうねー、今日はその傘のおかげでёのこと気づいたんだよー、とёに向かって言ったら
そうだったんだねー、目印になってよかったー!と元気な声で返ってきた。

一人になってしばらく歩いてから、そういえばёはなんで傘をさしていたんだろう、べつに雨は降っていなかったのにと気づいて、不思議な気持ちになった。

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