第三のチンパンジー

コモンチンパンジーとボノボの二種類のチンパンジーのDNAの構造は九九・三パーセント同じで、ヒトとは約一・六パーセントの差しかなく、ヒトとゴリラとの差は二・三パーセント、と述べられています。三〇頁にある「高等霊長類の系統樹」によれば、共通祖先からまずゴリラが、そしてヒト・ボノボ・コモンチンパンジーの順で分岐しています。だから第三のチンパンジーというわけです(ヒトが一番早く分岐していて、ゴリラよりチンパンジーに近い)。

第三のチンパンジーという命名は、ヒトがあくまで高等霊長類(動物)の一種である、という認識によるものでしょう。

オスとメスの体格差について以下のように指摘しています。

一夫多妻の哺乳類では、雄と雌のあいだにうかがえる体の大きさの平均的な違いは、一頭の雄(雄はこの雄たった一頭)と交尾する雌の数に関係している。一頭の雄が率いるハーレムの雌の数が多ければ多いほど雌雄の体格の差は違ってくるのだ。 

84頁

一夫一妻では、雌雄の体格差はないのですが、ハーレムをもつ哺乳類では、その差は雌の数に比例して体格差が大きくなる、と言います。しかし、ヒトの場合は、少し例外ともいえる状況があります。

私たちヒトの場合、男性の体がわずかに女性をうわまわり、少しばかりの一夫多妻の形態をとっているので、やはりこのパターンに一致しているだろう。もっとも、人類進化のある時期、男性の体の大きさより、頭のよさや人柄のほうに重きが置かれるようになった。体の大きな男性が、小柄な人よりも妻の数が多いという傾向はうかがえない。 

86頁

ヒトは、肉体の一部を使って、相手に決定的なダメージを与えることは不可能なので、協調して暮らす戦術を選択したともいえ、一夫一妻が基本にあるとも考えられますし、体格差は、育児と家族の保護、という面から考えられそうです。ヒト特有の「わずかばかりの一夫多妻」は、農耕のはじまりによるのではないでしょうか。

今から一万年前の氷河期の終わりごろ、狩猟採集民のいくつかの集団が農業に向かって最初の一歩を踏み出し、さらに多くの人間を養えるようになっていく。やがて人口がどんどん増えていくと、彼らは狩猟採集民にとどまることを選んだ集団を追いやったり、あるいは殺したりするようになっていった。栄養状態が悪くとも一〇人の人間がいれば、健康な一人の狩猟民に打ち勝つことができたのである。農業を採用しなかった人びとは土地という土地から追いやられ、農民がほしがらないような地域へと散っていった。 

198頁

他の哺乳類に比べてひ弱なヒトは、同類よりも他の動物からの攻撃から身を守ることが、大きな課題でした。だから小規模な団結が必要でした。しかし、定住化と農耕が始まることで、集団を統率する「権力」が生じてき、そこから「わずかばかりの一夫多妻」が生じたのかもしれません。

多くの哺乳類は、受胎が不可能になれば、死を迎えますが、ヒトの場合はその後も生きつづけます。ということは、性行為の目的は、受精(子孫を残す)だけではない、ともいえます。

ヒトの性行為を受精の手段だと考えた場合、進化の点では大いなる失敗だ。性交を果たせば果たしたで、たっぷりの時間とエネルギーを消費しているからである。 

88頁

発情のサイクルとシグナルを失ったからなのでしょうが、「たっぷりの時間」をかけて楽しむ、というのは危険が除去されていなければ、不可能だと考えられそうです。

定住・農業によって、より多くの人を養うことが可能になり、そして、受胎可能期を越えての長寿、これにより人口は格段に増加し、その結果、環境にも影響を及ぼすようになります。

環境破壊は、マオリ人やイースター島の島民と同じように、何の前ぶれもないまま不慣れな環境に移り住んだときに起こりやすい。また、辺境の土地にどんどん入植していくときのように、そのあとには破壊された環境が残っても、新たな土地に向かってただ突き進んでいけばいい場合も同じである。
 新たな技術を手に入れ、その破壊力について十分納得する余裕がないときにも環境破壊は発生しがちだ。(略)また、中央集権化が極端に進んだ国家が環境破壊に陥りやすいのは、自分たちの住む環境についてよく知りもしない支配者の手に権力が集中しているからである。 

326頁

と、その要因を指摘し、次のように警告しています。

たとえば鳥類では、自然状態において平均して一世紀ごとに一種以下の絶滅だった。だが、現在では一年に平均して二種の鳥類が絶滅しており、比率は自然状態の二〇〇倍にも達している。絶滅は自然のものだから、今日の絶滅の波について心配してもしようがないと考えるのは、人間は誰でも死ぬのが自然の定めだからといって、大虐殺を気にもとめないのと同じことなのだ。 

360頁

『若い読者のための第三のチンパンジー 人類という動物の進化と未来』
 ジャレド・ダイアモンド 秋山勝 草思社文庫 2017

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