第三のチンパンジー

霊長類の共通祖先から二〇〇〇年前にヒト科とテナガザル科が分かれ、そして、ヒト科とテナガザル科のDNAの相違は五%と記されています。そしてヒト科の共通祖先から、オラウータン、ゴリラ、ヒト、ボノボ、コモンチンパンジー(普通チンパンジーと呼ぶ)の順に分化していきます(30頁、高等霊長類の系統樹を参照)。ゴリラはチンパンジーよりもヒトに近いのですね。

類人猿のなかでもっとも近い種は、コモンチンパンジーとボノボの二種類のチンパンジーだ。そのDNAの構造は九九・三パーセント同じなのである。
 では、ヒトの場合はどうだろう。その差は、ゴリラとは二・三パーセント、コモンチンパンジー及びボノボとは約一・六パーセント。 

32頁

コモンチンパンジーとボノボの差は〇・七パーセントであるのですから、人と最も近いとされているボノボとの差は、単純に計算して約一・二五パーセントとなる、と思われます。しかし、この差は現在のものであって、分かれた当初は、もっと少ない差であったのでしょう。

ヒトがチンパンジーと分かれたのが七〇〇万年前で、ホモ・サピエンスが交雑していたとされているネアンデルタール人と分かれたのが五〇万年で、四万年前に絶滅したとの説があります。この説に従えば、七〇〇万年で、一・六パーセントの差が生じたのですから、その年数は五〇万年の十四倍になり、それで一・六を割ると〇・一一四パーセントになります。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、ネアンデルタール人が現在生存していたとしても、九九・八八六パーセント同じ、ということになります。

それらを根拠にして、生物としてみるならば、ホモ・サピエンスは決して特別なものではなく、「人間は三番目のチンパンジーともいえる」のです。その人間について、ジャレド・ダイアモンドは述べます。

人類の歴史の大半を通じ、私たち人間は有能な狩人などではなく、石器を使い、植物性の食物や小動物を手に入れて処理していた。手先の器用なチンパンジーにほかならなかった。大きな獲物をしとめていたにせよ、それはごくたまのことにすぎなかったのである。

50頁

植物性の食物や小動物は、主に女性が集めていたのですから、その集団は女性的な原理が支配的であったのかもしれません。そして人間社会は、言語的なつながりが大きな役割を果たしていますし、一夫一妻制をもとに集団を形成します。そして、武器として使える爪や牙も持たず、ダメージを与える筋力もありません。攻撃的であること自体が無理なのです。

しかし、それは一万年前に〈狩猟採集民のいくつかの集団が農業に向かって最初の一歩を踏み出し、さらに多くの人間を養えるようになっていく〉(198頁)、そして、その集団は大規模化していき、中央集権化が進んでいき、〈栄養状態が悪くとも一〇人の人間がいれば、健康な一人の狩猟民に打ち勝つこと〉(同)ができるような社会が出現しました。
そこから以下の状況が導かれる、と言います。

環境破壊は、マオリ人やイースター島の島民と同じように、なんの前触れもないまま不慣れな環境に移り住んだときに起こりやすい。また、辺境の土地にどんどん入植をしていくときのように、そのあとには破壊された環境が残っても、あらたな土地に向かってただ突き進んでいけばいい場合も同じである。
 新たな技術を手に入れ、その破壊力について十分納得する余裕がないときにも環境破壊は発生しがちだ。(略)また、中央集権化が極端に進んだ国家が環境破壊に陥りやすいのは、自分たちが住む環境についてよく知りもしない支配者の手に権力がしているからである。 

326-327頁

そして、警告として次の認識の必要性を説きます。

現在、人間に手によって引き起こされている絶滅の速度は、自然に起きている絶滅のペースよりもはるかに進行が早いのだ。(略)たとえば鳥類では、自然状態において平均して一世紀ごとに一種以下の絶滅だった。だが、現在では一年で二種の鳥類が絶滅しており、比率は自然状態の絶滅の二〇〇倍にも達している。絶滅は自然のものだから、今日の絶滅の波について心配してもしようがないと考えるのは、人間は誰でも死ぬのが自然の定めだからといって、大虐殺を気にもとめないのと同じことなのだ。 

359頁―360頁

ジャレド・ダイアモンド『若い読者のための 第三のチンパンジー』草思社文庫 2017

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