ジョブ型雇用社会とは何か

本書で著者は、前回に取りあげた「新しい労働社会」への指針として、日本型雇用形態である「パートナーシップ型」に対する、多くの社会で取り入れられている「ジョブ型」の社会をあげています。まず、「ジョブ型」「パートナーシップ型」とは何か、について述べています。

〈日本以外の社会では、労働者が追行すべき職務(job)が雇用契約に明確に規定されています。ところが、日本では、(……)そもそも雇用契約上、職務が明記されていないのが普通です。どんな仕事をするのか、職務に就くかというのは、使用者の命令によって定まります〉(25頁)つまり、「ジョブ型」では、雇用契約が職務を基準に結ばれ、「メンバーシップ型」では、企業と結ばれるのです。それは〈日本においては特定の職務の専門家になるのではなく、企業内の様々な職務を経験して熟達していきます。何に熟達するかというと、我が社に熟達し、いわば我が社の専門家になる〉(32頁)ということです。

あらかじめ、職務追行のための技能をもった労働者を採用するのか、その技能を企業に入社してから教育されるのか、という違いがあります。しかし、日本でも「ジョブ型採用」というのが現れてきていますが、それは特定の企業が、職務の専門家として雇用するだけのことであって、企業の垣根を越えてのジョブ型「社会」での雇用、ではありませんので、「パートナーシップ型」に取り込まれた「ジョブ型」と言ってもいいでしょう。

この企業を中心する労働・雇用形態は、日本の労働組合の機能不全の要因である、と思われます。そもそも労働組合とは、どのようなものなのでしょうか。

少なくとも労働組合法や労働基準法といった古典的な労働法は、企業と労働者は取引相手であるという民法の枠組みを大前提にした上で、その雇用契約の内容に最低限の公的規制を加えたり(労働基準法等)、取引相手である労働者にカルテルを認めたり(労働組合法)しているだけです。そもそも労働組合とは、企業と取引関係にある労働力を販売する業者のカルテルです。従って、労働者のカルテルである労働組合は独占禁止法の例外なのです。 

46頁

企業と労働者は、同等の取引相手であり、労働組合とは、バラバラな個人では微力である労働者を労働力として、より有利な条件で販売するためのカルテル(=企業連合)だ、と述べています。

それが日本では、企業との取引を代行する労働組合が、企業別で組織されていて、企業に取り込まれている、という不可解な事態を生みだしています。そして、この取引においての企業の優位性が確立し、企業の内部保留の増大と賃金の低迷につながる、と思われます。

労働条件での格差について、女性に関してですが、〈日本標準職業分類にも、(……)総合職/一般職などと言う得体の知れない職種は出てきません。要はそれまで男性社員の働き方と女性社員の働き方をコースとして明確化したもの〉(233頁)を前提として、〈総合職の条件として転勤に応じられることといった条件が付けられることが多く、家庭責任を負った既婚女性にとってはこれに応じることは困難でした。(……)こうした男女均等のあり方をコースの平等と呼〉(234頁)んでいて、女性、男性での暗黙のコース分けが確立され、コース内での平等が実施されている、と言います。

では、ジョブ型では、どのように扱われているのでしょうか。〈応募者の複数名がいずれも当該ジョブにふさわしい資格を有しているときに、より少ないほうの性(普通は女性)を優先的にそのポストにつけよう〉とする〈ポジティブアクションとかアファーマティブアクションと言われる〉(234-5頁)体制がある、と言い、そこには、画一性の弊害を多様性によって乗り越えよう、という意図が感じられます。

このように、コース中心型では実現不可能な、女性、海外移民、障害者、非正規雇用者などの人たちのように、企業の画一性に溶け込めない状況に置かれている人たちが、スキルと多用性中心の評価によって、能力の評価が行われることが可能になる、と思われます。

やはり、日本型パートナーシップ体制は、労働運動とは相容れるものではないようです。

生産性向上運動自体は戦後アメリカ主導で西側諸国に広がっていったものですが、労働組合がその一角を占めるようになった点が、日本の特徴です。というよりも、戦後日本の企業別組合とは、労働組合法というジョブ型を前提に作られた法律の規定上は、もっぱら労働条件について団体交渉をするための組織ですが、その実態はそれ以上に企業の生産活動に参加するための従業員代表機関という性格が強かったと言えます。

269頁

生産性向上運動は、企業(使用者)主導で行われたのですが、それに対して、労働組合法によって労働条件を維持・改善していこうとしていたのですが、その企業の影響下で労働組合が組織されている、というのは不思議な現象ですね。だから、要求としてのストライキも活発化しない、ということになります。

ただ、ジョブ型に移行して、同一労働同一賃金が徹底されると、賃金を負担できない企業が出てきて、倒産という事態も少なからず生じるでしょう。企業の生産性向上のためには、それも仕方がない、と考えますが、問題は失業者への対応です。それには公的機関の拠出による、ケア産業の充実、という戦略しかないように思われます。

濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転換』岩波新書 2021 

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