文フリ東京37新刊 「猫屋奇譚 百鬼夜行」
2023年11月11日文学フリマ東京37 出店します。
サークル名 山吹屋ジャンル 妖怪もののけスペース
第2展示場1階Eホール き-41
文学フリマ東京37 WEBカタログ 山吹屋ページリンク☟
新刊既刊を紹介しています。☝
☆新刊「猫屋奇譚 百鬼夜行」300円
猫屋奇譚シリーズより、晴を語り手とした奇譚4話収録
紫陽花・百鬼夜行・鬼にあうこと・干支鈴
鬼の晴を語り手に、薬師と村に伝わる風習のために薬師を招く人間である誠二との奇譚。
1冊を通して初夏から師走の大晦日までの季節を意識した連作となっています。
本文より抜粋
俺は村の事情と風習の意味を知り、自分自身も決行しなければならないと悟る。
昔は村のどの家でも風習に従った。だが今も続いているのは僅かに数軒を残すのみだ。
俺だって本当に風習を信じているわけではない。この村は長子に長女は育たないと云われてきた。
男女に関わらず、初めての子は大人にはなれない。何が原因なのかは分からない。
だが実際に風習を馬鹿にした家は大切な子を失った。
人によって土地が悪いだの村の者全員が呪われているとまで云っているのもいた。
そして厄から逃れるために、村の者達は家に子供が生まれるその前に薬師と呼ばれている男と連絡を取った。
二人の鬼面を付けた男が立っていた。
俺から見て右側の男は横笛を手にして黒く染められた着物を緩く着ており、もう片方は背中に風呂敷で包んだ箱を背負っている。
「本日はお招きありがとうございます」
俺の目に映った光景は一生涯忘れないだろう。
横たわる雲の合間から糸のように細い光が差し込んでくる。
あれは先頭を行く薬師の持つ提灯の火だ。その後ろには懐かしささえ感じる魑魅魍魎らが蠢くように列をなしている。
満月が奴らを照らした。半数が塵となり消えていく。
「久しぶりのご対面だ」
僕は妖刀を満月の光を浴びせるように振り上げた。
☆1話目「紫陽花」アップします。
「猫屋奇譚 紫陽花」
猫屋へと向かう道すがら、俺は見知らぬ家の堀から零れ出るように咲く紫陽花を眺める。
紫陽花はこれといって特に好きな花だというのでもない。ただ、子供の頃から気になる花ではあった。
確かあれは小学二年生の時の梅雨に入ったばかりの六月だった。
家族で住んでいた家は母方の実家のすぐ近くで、俺は学校から帰るとそのまま母の実家に上がり込んだ。
「じいちゃん、いるか」
「佑真か。これから出かけるところだ。一緒に行くか」
「行きたい」一緒に散歩に出かけた。
どのくらい歩いたか。気が付けば見知らぬ道であった。
子供だったとはいえ、ここらあたりは知り尽くしていたと思う。
なのに道の両側に建つ家々も道端の電柱もまったく覚えがない。
俺はじいちゃんの手を握る。じいちゃんはまっすぐ前だけを見て歩き、紫陽花が咲き乱れる一軒家で止まった。
「家の外で待っているか」
「嫌だ。一緒に行く」
なんだか不安な気持ちになってしまったのだ。
理由を聞かれても分からない。俺はじいちゃんにくっついて、その家の庭から回り込んだ。
家の縁側には男が一人。年齢は今にして思えば四十歳ぐらいか。作務衣を着ており、頭には手ぬぐいを巻いている。縁側ですり鉢を足の間に挟んで何かをすりつぶしていた。
「頼んでいたのは出来たかい」じいちゃんが話しかけた。
「出来てるよ」
男は横に置いた布で包んだ品をじいちゃんに渡す。じいちゃんは中身を確認した後に代金だと封筒を渡した。
「ありがとうよ。これが一番効くんだ。また頼むよ」
「ああ、また残りが少なくなったら連絡をくれ。調合しておく」
「じゃあ、もう行くけど、今日は晴は来ていないのかい」
「今日は来ない。お前さんのことは伝えておく」
「ありがとう」
この間、俺は一言も喋らずにいた。一緒に家に入る代りに何も話してはいけないとじいちゃんと約束をした。
その後もじいちゃんとは何度も散歩に出かけたが、紫陽花の咲く男の家に行ったのは一度だけだった。
十数年が過ぎ、俺は都内で一人暮らしをしている。
二週間前のことだ。母親から連絡があり、久しぶりに母の実家に顔を出した。
じいちゃんはもうすでに鬼籍に入っていて、今年の夏には七回忌になる。今日もその予定の話かと、俺は勝手に考えていた。
いや、考えていただけじゃない、母親と婆ちゃんにラインで教えればいいと、せっかく俺が設定をしてやり家族でライングループまで作ったのだから、わざわざ呼び寄せなくてもいいじゃないか。そう文句を云った。
結局のところ七回忌の話ではなかったのだが、俺は久しぶりの家を嬉しく感じていた。
泊っていくかと聞かれて、満面の笑みでリュックから着替えまで用意してきたと出して笑われた。
その話が出たのは、では今日決めるかと七回忌の日にちと時間の予定を組んだ後だった。
「佑真、実は困っていることがあって話を聞いてくれないかと呼んだんだよ。じいちゃんに葉書が届いたんだ。どうしようかと思ってね」
「亡くなったのを知らないのかな」
「多分ね。それでね、貸している品を返してほしいって」
「胡散臭くないか。その品って何だと云っているんだ」
俺は、婆ちゃんから葉書を引っ手繰った。
「紫陽花の風呂敷をお返し願いたく連絡をしましたって書いてあるな。それで、差出人は誰だ」
だが書いていない。俺は二人の顔を眺めるが、まったく心当たりもないようだ。
「何かの間違いだろう。葉書は一枚だけか。また連絡でも来たら俺に教えて。どういう用件だか聞くから」
話はそこまでで、夕食を食べて風呂にも入り、母らは先に寝るねと寝室に下がる。俺は一人でリビングに残った。
時間は十一時にはなっていなかったと思う。テレビは面白いのも無く少々だが頭痛もするので消してしまい、座椅子に座り本を読んでいた。
「隣の家の声か」
リビングの掃き出し窓の外から声が聞こえてきた。外は庭でその先に隣家がある。何と云っているかまでは分からない。耳を澄ませる。また聞こえてきた。
『紫陽花だった…よね』
隣家の声がうちまで聞こえたと思ったが、どうやら違うみたいだ。誰かがうちの庭で話してる。
紫陽花って云っている。紫陽花とは、まさか葉書のあれか。本人が家まで来てしまったのか。
俺はおそるおそる立ち上がり、カーテンを少しだけ開けて掃き出し窓から庭を見る。青年が立っていた。
「あれ、人がいるじゃん」
庭の奴が俺に気が付いた。
「石坂さんの家でしょ。葉書を出したけど」
名前を知っている。それにやはり葉書の件だ。こんな夜遅くに来るなんてどうかと思うが、じいちゃんが亡くなったのを知らないのだろう。
「今、そちらに行きますので」
掃き出し窓の外には婆ちゃんのサンダルしかない。俺は玄関から出て回り込んだ。
「葉書を出された方ですか。申し訳ないけど、祖父は亡くなりました。何を貸されていたのですか」
「紫陽花の風呂敷だよ」
「一応、探してはみますが。申し訳ないですが、」
探したって無いに違いない。だが相手は俺の言葉など何も聞いていない風で、それも室内からは気が付かなかったが頭の上に鬼面を乗せている。スマホを耳に当てつつ庭の片隅を指さした。
「あるじゃん。これだよ」
庭の片隅に植えた紫陽花を指した。風呂敷ではなくて花を貸してもらったのか。青年は紫陽花に近寄り、花を引き千切った。
「じゃあ、そういうことで」
「そういうことって。名前も聞いていない。祖父の知り合いか。でも若いですよね。かなり年齢差の友人でしたか」
「薬屋だよ。これはその薬を入れる風呂敷。じゃあね」
「えっ、それは風呂敷じゃありませんよ。待ってください」
帰ろうとする青年に、俺は無意識のうちに後ろを付いて歩き出した。
紫陽花の咲き乱れる一軒家があった。青年と庭に入る。縁側で作務衣を着た男がすり鉢を横に置いて座っていた。
「石坂さん、わざわざ持ってきて頂いたのですか。申し訳ない」
「あの、俺は違います。祖父が借りてました」
「お孫さんだったかな」
記憶が蘇る。俺はじいちゃんに付いてこの家に来た。そうだ、お薬を紫陽花の風呂敷に包んで持って帰った。
じいちゃんはかかりつけの病院でもらうのとは別に、定期的に漢方薬を取り寄せていた。
俺はこの家にまで来たのは一度だけだったが、服用していたのは何度も見ていた。
「あの、祖父はもう亡くなりました。最期までお薬を飲んでました。先生の漢方薬が一番効くって云っていました」
男が風呂敷を広げて薬を数えている。いつの間にお薬が入ったのか。それも男は数が違うと俺を見た。
「実は自分もじいちゃんに分けてもらって飲みました。梅雨の時期は頭痛が酷くて。そうしたら、試しに飲んでごらんって」
亡くなる前に残った漢方薬も幾つか貰った。でもとっくに一服も残っていない。
「あのう、出来ればなんですけど、お代も俺が払えそうな感じなら漢方薬を自分も欲しいかなって。でも無理ならいいんですけど」
「処方するよ。代金も祖父の石坂さんと同じでいい」
代金を聞くと俺でも十分に払える金額だ。
「お願いします」
「こちらこそ」
男が初めて笑みを浮かべ、ここまで一緒に来た青年も「お客が出来たね」こちらは声をあげて笑った。
猫屋。吉祥寺の駅から数分の場所にある喫茶店だ。
漢方薬は次の日に婆ちゃんの家に届けられる。
俺が東京に戻ると伝えると、葉書で次からは猫屋に取りにおいでと云われた。
ぎぃ、軋むような音を立てて店のドアを開く。
外側はかなり古く感じたが、店内は明るくて数人のお客が珈琲にサンドイッチにと食べている。
「済みません。石坂と云いますが、晴さんはいますか」
カウンター内にいた店主らしき人に声をかけた。
「少々お待ちください」
店の後ろの部屋に声をかける。晴が店に出て来た。
「ああ、石坂さんか。お薬は預かってきたから」
紫陽花の風呂敷に包まれた漢方薬を受け取った。
「せっかくだから、アイス珈琲も飲んで行こうかな」
カウンターに座り、俺は晴に珈琲を頼んだ。