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【雑感】ブータンの首都ティンプーにこそいて欲しい、コミュニティデザイナー

FAB23が終了した翌日(2023年7月29日)、ブータンのビジネス誌Business Bhutanに、「ファブラボが障害者の自助具を開発(FAB Lab developing assistive devices for PWDs)」という記事が掲載されました。取材を受けたブータン脳卒中財団(以下、BSF)のダワ・ツェリン事務局長は、この記事が出たことに大喜びで、多くのお知り合いに記事のリンクを送っておられました。

内容を読んでみると、事実誤認が何カ所かありました。それについてはSSブログの方で4項目に整理してすでに掲載しています。このうち、①BSFとJICAの共催イベントを「JICAのBSFへの支援プロジェクト」と表現されたこと、②CSTがフィラメントを生産しているから輸入は必要ないと彼が発言していること、の2点はさすがに看過できず、本人に指摘して認識の訂正を求めました。出てしまった記事はもう仕方ないですが、情報提供者の誤認は正しておきたいと考えたのです。

この出来事は、ブータンの新興メディアの記者の取材スタイルの稚拙さを物語っていると思います。同紙記者が取材に来たFAB23最終日、私たちが主催していたワークショップは、スーパーファブラボの建物に入っていちばん最初に目に飛び込んでくるスペースで行われていました。手っ取り早く取材を済ませられる場所にいたのが私たちで、しかもダワさんはその末席にいたので、真っ先に取材を受けやすいポジションだったのです。

取材に来たタイミングも悪かった。ワークショップをはじめた直後で、ホスト役だった私や、他のJICA関係者の方々も、ワークショップ参加者への説明に追われていて、記者の相手をしている暇がありませんでした。それでもしばらくそのワークショップの様子を見た上で、手が空いた時に私たちにインタビューしてくれたらよかったのですが、その記者はダワさんを会場の外に連れ出し、個別インタビューを行いました。結果、ワークショップの様子を撮った写真ではなく、BSFのロゴが掲載された記事が掲載されたのです。

取材に応対したダワさんには、その後いくつかの障害者団体から問合せがあったそうです。どうも、それらの問合せへの対応を私たちにやってもらおうと考えている節が見られました。しかし、ワークショップの運営に関わった私たち関係者の間では、「次のステップ」のイメージが描きにくいという共通認識があり、複雑な気持ちでそれを見ていました。

これ以降、私は、ティンプーでのこれ以上の展開は今は難しいかもしれないと考えるようになりました。実際、7月のFAB23以降、私はプンツォリンでの業務が忙しすぎて、ティンプーに上がって来る機会がほとんどありませんでしたし。

ファブラボCSTのお膝元であるプンツォリンであれば、そもそもFab Bhutan Challengeでのテーマも「自助具」だし、そういうデザインを得意とする外国のメイカーさんとのつながりもできたので、自助具のデザインは今後も取り組んでいこうという機運は関係者の間で形成されています。障害児特別教育指定校(SENスクール)だけでなく、近所の脳卒中回復者の方々に対しても、ご要望があればデザイン検討はできるでしょう。リハビリの専門家が地元にいないというボトルネックはありますが、近所の看護学校の生徒にもデザイン共創に加わってもらい、そこは我々なりに補完できるピースがあるように思います。

私も、所属がファブラボCSTですから、プンツォリンで活動することに関しては、時間をさくことが可能でした。もちろん、今はもうそれから4カ月も経過し、私も離任を目前に控えているので、プンツォリンでの話であってもこれ以上のことは私自身ではできませんが。

ティンプーには、ニードノウア(障害当事者とその家族、ケア担当者などの総称)は大勢いらっしゃり、本来ならプンツォリン以上に自助具の需要は大きいといえます。しかも、スーパーファブラボに加えて11月にはチェゴファブラボもようやくオープンしました。民間の3Dプリント出力サービスもあります。ブータンでは数少ない理学療法士や作業療法士も、ティンプーで働いておられます。育てればいいデザイナーになれそうな中高生も多いし、そもそもCSTで私たちと3D CADをやってきた学生は、卒業後ティンプーで就職している子が大勢います。冬休みにティンプーに帰省する現役学生も多い。お金を付けてくれそうなスポンサーも比較的近くに存在するはず。これらのピースを組み合わせられれば、できることはあるはず。

しかし、最大のネックはこのコラボレーションのデザインにあります。ティンプーには、これをコーディネートできる人がなかなかいません。

私がダワさんに期待したのは、彼がそういうのが比較的できる人だと思ったからです。しかし誰がどう見ても彼は超多忙で、じっくりと中長期的にそういうのを考える余裕がある様子ではありませんでした。BSFも、創業者のダワさん以外のスタッフがなかなか定着せず、事務所に行けば若いスタッフがどんどん入れ替わっている様子が見ていてすぐわかります。オーストラリア行きを理由に辞めてしまったという子もいたそうです。

市民社会組織(CSO)もけっこう大変なのです。だから、こちらがよかれと思って持ち込んだ話でも、もし受けるCSO側にスタッフの時間投入や新しスキルを習得してそれを使いこなしてもらうような話が前提条件になっていると、うまくいかないケースが多いです。こちらは相手がやってくれるだろう、自分たちのことなんだからやって当然、と思っていても、向こうは逆に、その話はあなたたちから持ってきたんだからあなたたちがやってくれるんですよねとなる。「JICAのBSFへの支援プロジェクト」なんて認識が生まれるのは、そういう背景があります。

そして、最後には「私は忙しい。他にもやることがある」という、問答無用の決めぜりふで、話はもの別れに終わってしまいます。

こういうコラボをデザインし、関係者をつなぐコーディネーションができる、優秀なコミュニティデザイナーがティンプーにいてくれたら…。

ダワさんから要請されて、過去に二度BSFスタッフ向けにTinkercadの研修をやりました。しかし、コミュニケーションのプラットフォームとしてTinkercad Classroomを使ったので、研修後彼らがTinkercadを一度も使っていないことがバレてしまいました。冒頭で挙げた記事が出た後、また研修をやってほしいとダワさんから打診されました。「今度は本気で習得させる」と言われたものの、過去二回の研修のその後の実践状況をお伝えして、お断りしました。プンツォリンの私に頼むよりも、ティンプーのスーパーファブラボかチェゴファブラボに頼むべきだと思います。もちろん、それなりの研修謝金を払って。そうやって、ティンプーの人的リソースとの関係を作っていくのが大前提です。

幸か不幸か、その後某国際開発金融機関が大きなグラントを付けて障害児自助具の3Dプリント製作を全国展開するという話が出てきたので、今障害者団体の関心はそちらのファンドから支援が受けられないかというのに向かっているようです。この金融機関はスーパーファブラボを巻き込んでそれをやろうとしています。これによってBSFもスーパーファブラボとの関係がようやく構築できるかもしれません。

この金融機関かスーパーファブラボに、有能なコミュニティデザイナーがいることを期待してやみません。

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