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【雑感】ブータンにおける学生起業の難点

王立ブータン大学(RUB)傘下の単科大学は9校あります。そのうち、科学技術大学(CST)、ゲドゥ商科大学(GCBS)、自然資源大学(CNR)、シェラブツェ大学の4校には、学生起業を促進するためのビジネスインキュベーション施設があります。

どこの国際協力機関が開設支援をしたのかは申しません。ハコ(箱)は大学側の提供で、①ワークステーション整備(PC、デスク、ネット環境)、②インキュベーションマネージャー傭上は国際協力機関の資金供与で行われたと聞きます。ハコの提供は大学側によるので、どれくらいのスペースを提供できるのかは大学によってまちまちですし、建付けもまちまちです。

たとえば、CNRのインキュベーションセンターは、マネージャーがバイオファブラボのマネージャーと兼務していて、部屋も隣り同士になっています。GCBSの場合は、広大なレクチャールームや間仕切りで分けられたワークステーションに打合せテーブル、図書室、オフィス、専用トイレまであります。GCBSにはハードウェアの試作を行うスペースはありません。でも、私が離任前に立ち寄って学長にご挨拶した際、3Dプリンタやレーザー加工機など、最低限の機械を置いたミニファブラボを作りたいとおっしゃっていました。(シェラブツェ大学は、私の専門家派遣期間中訪問する機会がなかったので、状況はよくわかりません。)

GCBSのインキュベーションセンターの入居学生向けスペース

私が見た3校の中で、もっともショボいと感じたのが、実はCSTのテック・インキュベーションセンターです。場所はIT学科の教室やPCルームが入居したITビルの最上階の奥まったスペース。狭い間仕切りで覆われたワークステーションが8基収まり、マネージャーの席も取りあえずは確保された120㎡ほどの部屋と、その倍ぐらいの床面積の研修室で構成されています。しかし、看板はかかっていないので、どこがインキュベーションセンターなのかがわかりません。しかも、マネージャーは大卒2年目の若手女性です。

ブータンでは若者の雇用機会が少なく、それがオーストラリアなどへの大量出国にもつながっています。日本だったらまずはどこかの企業で就職して、先輩社員の下で少し経験を積み、人的ネットワークを拡げたら独立・起業、という流れになることが多いでしょう。しかし、ブータンでは、そういう一時的な腰かけでも大卒の若者を雇用吸収してくれる企業はありません。そこで、大学生のうちから起業を促して、それを卒業後の生業として育てようという挙動につながります。RUB傘下の大学間でビジネスアイデアコンテストが盛んに行われるのも、UNDPが「スタートアップウィークエンド」開催を支援するのも、起業のタネを学生時代に見つけさせたいとの主催者や国際協力機関の思いからでしょう。

インキュベーションセンター開設を支援した国際協力機関も、それを主導した労働人材省(当時)も、たぶんそういうのを狙っていたのでしょう。こういう動きは日本の大学ではそれほど大きくないので、その有効性を判断できるほど自分に知見があるとは思ってませんが、日本と比べたら難易度は高だろうと想像します。

その最大の理由は、ほとんどの学生が卒業後にその大学周辺にとどまらないからです。日本だったら、東京の大学に通った学生が卒業後も東京にとどまるというのは考えられるシナリオですが、ブータンの場合、CSTに通っていた学生が卒業後にプンツォリンにとどまるケースも、GCBSに通った学生が卒業後にゲドゥにとどまるケースもまれです。ひょっとしたらCNRに関しては、卒業後にロベサやバジョ、チミパンあたりの農業関係の施設で働く学生はいるかもしれませんが、それでも少ないでしょうね。

学生は、在学中、ほとんどが大学構内で寮生活を送っています。もともとその地域の出身じゃないし、大学4年間を通じても周辺地域とそれほど太いパイプができるわけでもありません。

だから、スタートアップウィークエンドやビジネスアイデアコンテストをいくら開催して、上位入賞チームにキャッシュのインセンティブを付与しても、アイデアはそこまで止まりで、そのアイデアをさらにふ化させて事業化しようという発想にはつながりません。

卑近な例を出すと、2021年のビジネスアイデアコンテストで、RUB傘下各大学レベルの予選会を勝ち抜いたCSTの代表チームは、首都で開かれた全国大会でも見事第2位になりました。名刺やウェブサイト、パンフレットまで作ってプレゼンしていたので、てっきり事業化するのだろうと思っていたら、ウェブサイトはいつまでたっても更新されないし、チームリーダーはコンテスト終了後に半年間の北欧留学に出発してしまいました。

当然他のメンバーはそのうちに卒業。留学から戻って来たリーダーは、しばらくはインキュベーションセンターを利用して起業準備を1人で進めていました。CSTのインキュベーションセンター発の初のスタートアップになるかと期待されたのですが、彼も卒業と同時にそのビジネスをあっさり捨て、某学校で教員になる途を選びました。

CSTのインキュベーションセンターは、できてからまだ2年未満なので評価は時期尚早かもしれません。でも、少なくとも入居する学生グループがいなければ、起業にもつながりません。そうした入居者がいないことを考えると、少なくともCSTでの運用はうまく行っていないと私は思います。GCBSの方がまだ入居学生はいるようですけど、ゲドゥ発のスタートアップというのも現時点ではあまり聞きません。

それに、ハコを作った上で、経験不足でもインキュベーションマネージャーを配置すればうまくいくというものでもないでしょう。起業経験どころか社会人経験すらない新卒を採用したって、入居者のメンターにはなかなかなれないでしょう。人的ネットワークだってほとんどないわけですし。

そこは労働省も国際協力機関も突っ込まれると弱いところだとわかっているから、やたらインキュベーションマネージャーを首都かどこかに集めて能力強化研修を行います。そうすると足元のインキュベーションセンターの運営がお留守になるし、地元とのネットワークも広がりません。

インキュベーションセンターを置いている大学はそれぞれ事情も異なるので、一概に「これですべてうまくいく」というような万能の対案を出すのは難しいとは思います。でもあえて1つ言うとすれば、「学生の起業よりも、地域のスタートアップの起業を促進する」というように、ビジネスインキュベーションの目的を切り替えたらどうかと私は思います。

このニーズが確実にあるのはGCBSです。チュカ県の企業家グループは、GCBSのインキュベーションセンターを利用させて欲しいと大学に要望しているとグループの代表から聞きました。まだGCBSがOKと言ったわけではないようですが、実現すれば大きな一歩です。GCBSは商科大学なのに、教員に企業経営の経験者がほとんどおらず、地元企業とのコネクションも弱いとの批判がありました。でも、新たに就任した学長が地元企業家と頻繁に会ったりしているのがSNSでも報じられていて、変化の兆しは感じられます。

同様に、CSTも地元の企業家に対して施設をオープンにしたら、教員・学生と地元の企業家との交流機会ができ、よりブラッシュアップされた商品が開発されるかもしれませんし、あわよくば学生の卒業後の進路につながるかもしれません。日本で大学がビジネスインキュベーション施設を誘致する場合、大学の研究者と入居企業とが共同研究を行うような機能が期待されるケースが多いと思います。インド工科大学(IIT)の各校が有するインキュベーション施設も、同じような役割を担っているでしょう。

ただ、CSTの方は先が長そうです。そこまでの研究開発をCSTとやりたがる企業が近隣に少ないので。

なかなかこれといった有効策が見出せません。




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