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【雑感】あれは結局何だったのですか?

冬休みの間にあったエピソードを1つご紹介します。

建国記念日が終わって私たちがCST教職員及びその家族を対象とした縫製ワークショップを開始していた頃、かねてから懇意にしているチュカ県の経済開発担当官(Economic Development Officer)のサンゲイ・ティンレーさんから突然メールをいただきました。某国連機関でイノベーション推進を担当している人を紹介したい、ファブラボCSTに行かせてもいいかとのことでした。

私は、構いませんと回答しました。その国連機関と仕事で関わってあまりいい経験をしたことがなく、気が乗らなかったところもありましたが、プンツォリンも含むチュカ県の経済開発を真剣に考えて下さっているサンゲイさんからの紹介なら、会おうかということになったのです。

3日後、その国連機関の担当官レキさんがファブラボCSTにお越しになりました。正規で雇われている方なのかと思っていたのですが、聞けばそのプロジェクトでチュカ県とサムチ県を担当しているコンサルタントで、契約は12月末で終了するとのことでした。

ひと通りファブラボの施設を案内した後、その方の訪問主旨をうかがうことになりました。どうやらその国連機関ではローカルイノベーションのウェブプラットフォームを作っているようで、1月1日にローンチ予定だとおっしゃっていました。概要を簡単に述べると、こんな感じでしょうか。

  • 日々課題を感じている人、その課題を他の地域で解決した経験があるローカルイノベーター、課題解決の取組みにリソース(資金)を提供できるドナーなどが一堂に会するプラットフォームを作る

  • ローカルレベルで課題解決を求めている人と、課題解決に取り組みたい人とが出会うことができるマッチングサイトとして機能させる

  • 課題解決を求めている人が、気軽に相談できるオンラインフォーラムとしても機能させる

  • その課題解決の取組みに資金を付けてくれるリソースパーソンとのマッチングサイトとしても機能させる

課題解決のサンプルとして、ダガナ県で行われている「住民関与のプラットフォーム(Community Engagement Platform)」の例がすでに掲載されていました。レキさんは特段言及しませんでしたが、これはJICAの技術協力プロジェクトで進められたものです。他機関の事業の成果でも自分たちの成果だとまた国連機関がプレゼンやっちゃってるよと苦笑しつつも、JICAの取組みが一定の評価を受けていることについては悪い気はしません。今回はそこは突っ込まず、静かに説明をうかがいました。

レキ氏の訪問目的は、ファブラボCSTにもこのローカルイノベーターのウェブプラットフォームに参加してほしいと要請することだったようです。


しかし、お話を伺っていて、私は直感的に、短期間でこのプラットフォームへの参加者を増やすのは相当難航するだろうと思いました。一般的に、プラットフォームの成否は参加者数が閾値に到達できるかどうかにかかっていると言われているわけですが、このプラットフォームに乗せるべき「ローカルイノベーション」のレベル感がよくわからなかったからです。

例として挙げられている「ローカルな課題」が「農村都市間の人口移動」や「廃棄物処理」といった、中央のプランナーから見て課題だと思われる捉え方、見せ方がされていました。ローカルに行けば行くほど課題の規模は小さく、具体的になってくる筈ですが、「○○村の給水管がうまく整備されておらず住民が給水を受け取れない」「△△村のごみ集配所での回収が数週間止まっていて、ごみがあふれ出している」という話にまで下ろしてきたときに、解決策の提供者とのマッチングがうまくできるのだろうか―――そんな疑問が湧いてきたのです。

ファブラボCSTでも課題解決のケースをどんどん掲載して欲しいと要請されたわけですが、うちで行われている課題解決はもっと小さなもので、「エアコンのコントローラーの紛失を防止する」「空缶を潰してスペースを取らないようにする」「ドリップコーヒーを飲むのに道具が必要」といった類の個人レベルのものが多く、全国レベルのイノベーションプラットフォームにフィットするとはとても思えません。

そこで、「課題を感じている人が自ら課題解決に取り組める環境」という位置付けで、ファブラボCST自体をソリューションとしてアップするという対応をすることになりました。

こうして、課題解決(ソリューション)のケースとして多くは掲載できそうにないなと思った反面、このウェブプラットフォームに参加するローカルイノベーターがチュカ県やサムチ県で増えていくようであれば、彼らとファブラボCSTをつなげられる可能性も考えられます。全国レベルのイノベーションプラットフォームがどこまで有効なのかはわかりませんが、チュカやサムチといったご近所での相互理解には利用価値はありそうだし、ファブラボCSTをそこで宣伝しておけたらいい。

そう考え、うちで実習中だったOJT学生諸君に指示して、このウェブサイトにファブラボCSTを「ローカルソリューション」の1つとして掲載してもらいました。写真が掲載できないといった不具合もありましたが、いずれ改善されるだろうと期待しつつ、2023年1月1日を迎えました。


見てみると、チュカ県はEDOのサンゲイさんが頑張っていて、いくつかのソリューションがすでに掲載されていました。というか、サンゲイさんが1人げ頑張って掲載しているだけで、それに続いたのが我がファブラボCST。1月に入ってから毎日チェックしていましたが、いつまで経ってもそれ以降のローカルソリューションが積み上がって来ません。

また、この国連機関のソーシャルメディアもチェックしていましたが、いっこうにローンチされたという報道もありません。この国連機関がウェブプラットフォームをローンチしたと自ら報じるようであれば、ファブラボCSTのFacebookページでも宣伝しようと私たちは考えていました。それもできない状態が今も続いています。

そして、1月10日を過ぎると、今度は唐突にウェブサイトへのアクセス自体が遮断され、「工事中」の標識(本記事のサムネ参照)がリンク先に掲げられるようになり、TOPページすら閲覧できなくなってしまいました。


そもそも、この類のウェブプラットフォームは、これまで長年この業界で仕事してきて、いろいろな場面で見かけます。参加を求められたのも初めてではなく、過去には実際にお付き合いしたこともありました。

でも、参加したからといって、何かしら恩恵が得られたという経験も正直なところ一度もありません。プラットフォームへの他の参加者から問い合わせを受けたことはないし、逆に他の参加者の情報を見て、こちらから問合せを行ったこともありません。特に、他の参加者が近隣にいない、例えば他国のグッドプラクティスの実施経験者だったりすると、いくらそれがすぐれた取組みであっても、その経験者にわざわざ連絡を取って、教えを乞うところまでは必要としないのが当然でしょう。

プラットフォームへの参加者の間で交流が生まれる可能性があるとしたら、お互いの顔が見えやすいローカルレベルにかなり限定されるのではないでしょうか。

そうこうするうちにドナー機関において旗を振っていた人たちも異動しちゃいますし、プラットフォームの運営にドナー自身が予算を付けなくなって、ゴーストタウン化してしまうというケースもあると思います。

そもそも、ここの人たちって、実際に行われていることと希望的観測とをごっちゃにして、すべてが実際に進行中であるかのごとき説明の仕方を自信満々にされるケースが多い。考えてみたらよくある話なのですが、これを今さらながらに思い出しました。言われたことを真に受けると、あとで実態が大きく乖離してきて「え?」となる。ブータン人にちゃんとヒアリングして2019年に拙著で書いたことも、今となってみたら跡形もなく消えているケースもあります。現実と希望的観測をちゃんと峻別するスキルは、私にはありません。自分の未熟ぶりを突き付けられた気がします。

「1月1日」というのも、レキさんの希望的観測だっただけで、この国連機関のタスクマネージャーのスケジュール感では、もっと時間をかけて準備していくという想定だったのかもしれないのです。

そう考えると、年明け後3週間足らずで見切りをつけるのはちょっと早いですね。この国連機関がウェブプラットフォームをいずれローンチすることを、期待せず待ちたいと思います。


【2023年2月13日追記】

こんな愚痴を上げてから数週間経ちました。その後もこの国連機関のウェブプラットフォームのローンチングの報道はありませんし、この機関のFacebookでも紹介の1つもされていない状況ですが、少なくとも、ウェブプラットフォームだけは閲覧可能な状態になったようです。

ローカルイノベーションの事例掲載は、チュカ県の4件というのが最多で、ティンプー県やパロ県ではそれぞれ1件しか掲載されていないという、相変わらずスカスカの状態です。

この機関自身がまでプロモーションをやっていない状態だから仕方ないのでしょう。同機関の営業活動がもっと進み、いろいろなケースがさらに掲載されるようになるのを、引き続き期待せずに待ちたいと思います。


【2023年5月7日追記】

このウェブプラットフォーム、5月5日の「ナショナル・ゾリグ・デー(全国ものづくりの日)」にティンプーでローンチされたそうです。年末に「1月1日ローンチ」と言われてエントリーに協力させられた立場としては、式典にも声がかからず、初期の努力に敬意も表されなかったことに関しては、ちょっと複雑な心境ですが、中央なんてそんなものなのかもしれません。


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