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宮本浩次「ROMANCE」

2020年、ウイルスが日本中に蔓延してから、音楽の世界は激震に見舞われた。
早い時期に大阪のライブハウスで次々にクラスターが確認されたことからは、密閉空間での歌う、飲む、密集する行為が、コロナウイルス拡散にうってつけである事が示唆され、その後の対策の根幹を決定付けさえした。

パフォーマンスの場、ファンとの交歓の場を求めて、せめてオンラインでのライブが模索され始め、この1年少しの間に数々のライブが配信された。ライブの楽しさは、音楽を聴く、観るだけではないし、あの熱狂の中に身を置く興奮とは比べようがないにしても、ファンとして、自分のお金を好きな音楽の為に投じることや、単調な日常からの束の間の逃避の為に、いくつかのライブに参加した人も少なくないだろう。

そんなミュージシャン泣かせの日々で、一人、気を吐いた男がいた。
宮本浩次、54歳。
エレファントカシマシを離れてのソロ活として発表したアルバム『ROMANCE』が大ヒット。
歌番組にも出まくって、暴れまくっていた。

ソングライター、ロックバンドという立ち位置から、全曲が女性歌手の楽曲のカバーという思い切った転換でありながらも、驚くべきことでもなかった。NHKの歌番組『Covers』では、女性ボーカル曲も含めて数々の見事な歌唱を披露していたからだ。その年代も、自身の幼少期から青春時代にテレビから聴き覚えたと思われる歌がメインだけに、聴き親しんだ世代には懐かしく、若い世代には新鮮な響きとなって、聴く人を虜にしたと言っていい。

このアルバムもコロナ禍とは無関係ではなかったという。外出自粛を守る中、自宅で様々な楽曲のカバーを試みることを日課とするうちに、辿り着いた一つの答えだったのだ。これまでのエレカシでの路線を離れて、違う世界を自分の歌で描いてみたい、それが可能だという確信だろう。

その為には、自作曲よりも、既に一時代を築いた楽曲を自分の解釈で歌ってみることに、面白さや意味を感じたのだと思う。

このアルバムをもってライブをやろうとしていたとしたら、まさに痛恨である。会場で聴いたらどれ程のインパクトか、想像してしまう。しかしこのコロナ禍、CDが売れない時代に、何はともあれ、このアルバムはNo.1ヒットを記録した。何としても売れたいと自ら語った通りの結果を出したのだ。

ジャケットは渋い黒い部屋に水玉模様の如く浮かぶ赤いリンゴやガーベラ、黒一色の服を着た宮本。
エレカシ名義アルバムとは大きく差別化された印象だ。
とは言え、凝ったビジュアルにもしっくりと馴染んでいるトレードマークの長髪と鋭い目。

このアルバムの持つ宮本ワールドの乙女度とエネルギーの強さが可視化されているようだ。

まず一曲目にまさかの『あなた』だ。少女が好きな人とのマイホームを夢見て、そしていつか夢破れ、それでもなお夢想する。1973年、高度成長期に、なんとなく多くの人が夢に見た庭付き一軒家、暖炉があってレース編みやガーデニングを楽しめる生活の余裕。ピアノの弾き語りも新しかった。

さて、そんな一曲を宮本はどうカバーするのかと思えば、非常に素直に暖かく歌い上げている。少女の頃の憧れの甘さと叶わなかったほろ苦さも、彼の歌に抱きしめられて昇華されるカタルシスが得られようと思える。後半の盛り上げはさすが。

出だしとしては上々だ。

次は1979年の久保田早紀による『異邦人』。偶然なのか、これも女性シンガーソングライターによるピアノの弾き語り曲だ。愛しいあなたは今何処に?と歌っていた女性が、あなたにとってわたし、ただの通りすがりと、自分こそがさまよっていることに気づいたようだ。女性の人生の旅を追っているのだろうか。知らない国の知らない時代に迷い込み、傷ついた心が癒されたひととき。

原曲のとても印象的なイントロが来るものと身構えていると、そこには行かずにギターによるパンチの効いたサウンドになって、意表を突かれる。過度に異国情緒を醸し出すのを避けたのかもしれない。シャウトが入るなど、この辺からロック味が効いてくる。

かと思えば次に来るのが梓みちよだ。このおばさん(当時子供だったので大人の女性は皆んなおばさんとみなしていた)が床に座って、膝を立て、酒瓶を置いて歌っていた姿は記憶に刻まれている。グッと大人な自立した女の登場だ。Disc2には、弾き語りバージョンが収められていて、非常に気持ちよく歌える歌であることが伝わってくる。

それから中島みゆき『化粧』。無惨にフラれた歌だ。強がってる女子の可愛さがかなり出ていて秀逸。この勢いでぜひ『狼になりたい』も聴きたくなった。中島みゆきの曲としては、Disc2に『あばよ』のデモテープが収録されており、こちらも十分に聞き応えがある。

そして『ロマンス』。もう宮本ワールド全開だ。アレンジもロック化。愛を知って有頂天になった女子ではあるが、少女の一途さが際立つに連れて、多分相手は年上の既婚者としか思えなくなるのは何故なんだ?清純なイメージの岩崎宏美にも危うさを感じたが、一途さと危うさが紙一重の恋愛模様の妄想が広がる。

その次は『赤いスイートピー』。数ある聖子ナンバーでも特に人気曲。こちらもピアノのイントロと共に記憶に残る曲だが、ここではギターから。ラブリーな曲ではあるが、指スナップ音を入れてポップさが足されている分、男性ボーカルが馴染みやすくなっている。少し思い出すのは『So in Love』だ。幸福感が溢れる春の陽気が感じられる。1982年のアイドルブームの傑作が選曲された。

『木綿のハンカチーフ』。この曲が嫌いな人っています?どうにも引き込まれるストーリー性と太田裕美の澄んだ声、筒美京平メロディー。元々男女交互に語る形式であるため、宮本による男の語りの部などは特に新しい魅力が感じられる。歌手としての地力が際立っている一曲だ。1975年、『ロマンス』と同じ年の楽曲である。

『喝采』は天才歌手として今も愛聴されているちあきなおみの代表曲、1972年の大ヒット曲だ。当時、告別式の知らせが黒い縁取りの葉書で送られていたことを知らない人も多いかもしれない。人気歌手が受け取った黒い縁取りのある葉書、一人、身を隠すようにしながら最後の別れに赴く女、スポットライトが当たる姿との落差。ちあきなおみ本人の私生活との関連性も当時噂されていたと記憶する。こんな暗い歌があんなに大ヒットしたというのも珍しいことではないか。特に今の時代では、悲しく特に救いもない曲が、ここまで商業的に成功することはないように思う。しかし、今、宮本版を聴いてみても、曲の圧倒的なパワーには魅了されるしかないと思う。もちろんその曲のパワーを遺憾なく引き出した歌唱力は圧巻である。

次の『ジョニィへの伝言』は、ペドロ&カプリシャスのヒット曲。高橋真梨子ボーカル時の1973年発表された。作詞阿久悠と作曲都倉俊一と、これもヒットメーカーの一曲だ。昭和の曲ってストーリー性があって楽しめると改めて感じる。変な横文字も出てこなくてきれいな日本語だ。宮本の歌唱によって、女の強さも別れの重みも、増幅されながらいつまでも後を引く味わいがある。

と思ったら次にブリブリの聖子ナンバーの『白いパラソル』が来た。この曲に限っていえば、敢えて宮本版を求めてない気がする。やはりフリフリの服で聖子ちゃんが歌ってくれてこその曲。「涙を糸で繋げば真珠の首飾り、冷たいあなたに送りたい」とはたまらなく乙女なセリフ。甘く伸びやかに歌い上げていて、表現力の豊かさには感服である。

続く『恋人がサンタクロース』も、やはり、ユーミンでいいやん、と思いがちな一曲。1980年、恋愛とクリスマスを強く結びつける先駆け的な曲。70年代との空気の違いは明らかだろう。ここでもクリスマスを強く意識させるアレンジではないが、ポップで都会的な味わいを感じる仕上がりだ。隣のお姉さんは70年代から彼氏とクリスマスを祝う進んだ女性だった訳だが、その後雪の街で幸せに暮らしたのか、改めて考えさせられる。

トリは宇多田ヒカルの『First love』。一曲だけかなり新しい曲であるが、ボーカリストとして挑戦しない訳にいかない名曲である。お見事!としか言えない。弾き語りでボーカルに集中して味わえるのもいい。宮本によるバックコーラスが小さく入るのも聞き逃さないようにしたい。余韻まで味わい深い締めとなっている。

ぜひ一度、集中して一声一声、一音一音を味わって聴いてみて頂きたい。

#ROMANCE #宮本浩次 #音楽 #J-pop

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