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【SS】願わくは 晴明

 吹き抜けた肌寒さに目を覚ますと、花越しにぽっかりと月が浮かんでいた。読んでいたページのまま胸に抱いた本を鞄に仕舞うと、体に積もった花びらを払いもせずに丘の上から転がるように家路を走る。
 思ったよりも寝過ごしてしまったのか、電気がついている家は無い。スマートフォンの画面を表示させようと電源ボタンを操作するも、電池が切れていてうんともすんとも言わない。
 こうなっては父も母もお冠で私をただでは家に入れてくれないだろう。それならば、と私は歩調を緩めた。
 いやに私に吠え付く隣の家のパグも室内に入れられて、それに少しほっとしながら、家のドアノブに手をかけた。カギの一つも、何ならチェーンもかかっているだろうと覚悟していたのに、何の抵抗もなく開いていく。
「ただいま戻りました」
 面倒なことになる、と緊張しながら暗い廊下に投げた言葉は、深い闇へと消えていった。

  食事をとろうと玄関の照明のスイッチを押すも、反応しないので、家の鍵につけている小さなライトの灯りを頼りに台所に向かい、アナログの壁掛け時計をちらりと見ると、まだ七時前だった。
「ああ、捨てられたのか」
 台所に常備しているLEDランタンの灯りを頼りに鍋に出来上がっていた冷めかけのカレーを、幸い炊けていた米にかけ、すきっ腹に入れれば、心に余裕が湧いてきた。
 私を捨てる割にはご丁寧に作られた食事。玄関先の靴はどれも消えていない。まるで私を残して家族が消えたような、そんな様相だ。
 私に無関心な父、ヒステリックな母。そこから解放される時間ができたな、と呑気に構えて食べ終えた皿を流し台に入れて赤い蛇口をひねる。お湯が出ない。
 父親の書棚にやりもしないキャンプやサバイバルの本があったな、と思い至る。

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