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高津川水源と河川争奪の旅

 今シーズンは大雪が続き、西日本でも、少し内陸の方に車を走らせて行けば、真っ白に染まった山々が見られるこの頃ですが、今回のお話はまだ初雪を観測する少し前、冬の始めの旅行のお話です。


◆きっかけ

 最初だけ、少し真面目なお話をします。

 (興味がなければ飛ばしてください)


 皆さん、河川争奪ってご存知でしょうか。
 川は上流では、その流れによって山を削り、谷をより深く奥に進展させる力を持っています。ある川が流れている場所に、別の川の谷が伸びてきて、もともとあった川を寸断してしまうことがあります。
 すると、上流から流れてきた水は、より低い別の川の谷の方へ流れてしまうため、川の流れを奪われることになります。これが、河川争奪です。

 このとき、もとの川は寸断された場所が新たな水源(川の出発点)となります。川の水源は山奥であることが多いですが、河川争奪された場合、比較的平地に水源ができることとなります。
 島根県西部を流れ、日本海に注ぐ高津川は、一級河川としては数少ない、平地に水源がある川として知られています。この水源も高津川が、山口県の岩国市を流れ瀬戸内海に注いでいる錦川水系に、かつて河川争奪されて生まれたものです。

 今回は、コロナ禍で人混みへの旅行が難しい中、高津川水源とその周辺を、一人でブラブラ歩こう、という趣旨の旅行に行ってきました。


◆アクセス~六日市ICへ~

 今回の目的地の最寄りである、中国自動車道の六日市ICに向かいます。中国山地をかき分けてひた走る中国自動車道の中でも、広島・山口県境は特に山深いところを通るため、カーブは多いですが交通量は少なく快適です。

 六日市ICは、広島・山口県境にちょこっとだけ挟まっている、島根県のエリアに位置していて、走っていくと、山の中でもこのあたりだけ少し開けた地形となっていることがわかります。

 六日市ICを出てすぐのところに、道の駅「むいかいち温泉」があり、まずは、ここでひと休憩して準備を整えることにします。
 六日市ICは、古い城下町で知られている、津和野へ行くための最寄りのICでもあるため、すぐ近くに道の駅があるのはありがたいですね。

 道の駅のすぐ脇を見ると、なにやら土手のように土が盛られた一本のラインが伸びているのが見えます。登ってみると、遊歩道になっていました。

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まっすぐ伸びる遊歩道、上を通っているのが中国自動車道

 高速道路が避けるように柱を立てていることから、この土手が、それよりも前からあったものであることがわかります。調べてみると、建設途中で廃止となった、岩日北線という山口県の岩国と島根県の津和野を結ぶ鉄道の、線路跡なんだだそうです。

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 近くの橋梁には昭和50年竣工の文字が。ここまで完成していながら、線路として使われることなく残された橋には少し哀愁を感じてしまいます。

 さて、この線路跡のすぐそばを流れているのが、今回の目的の高津川です。早速、上流に向かって県道を走っていきます。


◆水源公園~高津川の水源~

 上流に向けて、県道を10分ほど走ると見えてくるのが、水源会館です。そして、このすぐそばに公園として整備されているのが、一級河川高津川の水源として保存されている、水源公園という場所になります。

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水源会館は残念ながら12月だったので冬季休業中

 奥に進むと、小さな社と一本の大木が祀られていました。

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 そして、大木の脇には池が。よく見ると底から水が湧いているようです。

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 どうやら、ここが高津川の水源として守られてきた場所のようです。

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 近くにはこの大木、一本杉の説明も(見づらいですが)ありました。看板の説明文によると、この水源の池は「大蛇ヶ池」と呼ばれているそうです。

 さて、公園から少し戻ってくると、水源会館のすぐそばに……

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 ありました、河川争奪の説明板です。

 河川争奪なんてマニアックな説明板、なかなか見られるものではありません。実際、この旅行は、これを見るのが目的と言っていいくらいでした。説明内容も、地図付きで非常にわかりやすいですね。

 さて、この地図を見ると、河川争奪場所までは、水源公園から少し距離があることがわかります。そして……

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 水源公園の脇を見ると、まだ細長い流れが上流に続いているようです。
 とすると、現実的な高津川の水源はまだこの先にありそうです。この小さな流れに沿って上流を少し追ってみましょう。


◆ホントの水源はどこ?

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 水源公園から少し進むと開けた場所に出ました。写真の中央奥の山の麓が先程までいた水源公園です。冬なので分かりづらいですが、どうやら湿地帯のようです。

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よく見ると少し水があるのがわかります

 あたりを見回してみましたが、川の流れのようなものは見当たりません。湿地帯の一番奥であるこのあたりが、現実的な高津川の水源のようです。

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 振り返ると、道の先の木々が切れているあたりが、もう峠です。その先には錦川水系が刻んだ深い谷へ降りていく、急な下り坂が続いています。

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 近くには石見国と周防国の境目に設置されていた番所のあとが。川の流域の境目がちょうど国の境目、そして現在の島根県と山口県の県境になっているのです。おもしろいですね。

◆河川争奪の現場~深谷大橋~

 次は、河川争奪の現場である、深谷川を目指します。進んでいくと、高津川が作り出した平地の先が、急になくなっているのが見えてきます。

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 まっ平らな田畑の向こう側に、突然の切り立った崖が落ちこんでいます。河岸段丘でも、ここまで対象的な地形にはなかなかならないでしょう。

 平地の先端に谷の対岸へと渡る、深谷大橋がかかっています。すぐ手前に駐車場が整備されているので、車を置いて歩いていきます。

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深谷大橋、横からでは谷の深さを感じられませんが……

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その下には深い深い谷が刻まれています

 さきほどまでの平地が嘘のような、深い谷です。谷底を流れているのが、まさに名前の通りですが、深谷川です。

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 橋のすぐ脇から、全景を撮ってみました。山の緑の中に、赤い橋のトラスが映えます。うっかりすると落ちてしまいそうなほど急です。

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 近くの看板によれば、谷底へ降りていく遊歩道が整備されており、下から深谷大橋の全体像を収めることができそうです。

 …が、しかし、降りたあと登って戻る道のりの辛さと、上から見たあまりの谷の深さを考えるたとき、高所恐怖症の私は、谷底まで降りるのをあきらめてしまいました。本当に申し訳ない……

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 深谷大橋を渡ると、ここからは山口県だと示す標識があらわれます。深谷川によって、高津川が名実ともに上流域を奪われたことをはっきりと示しているかのようです。

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 山口県といえば、オレンジのガードレール。これも、先ほどまでは島根県だったのでありませんでした。このガードレールの塗色は、山口県の特産である夏みかんにちなんで採用されているそうです。

 カーブを曲がった先には、まっ平らな地形がまた続いています。

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 この平地も、もともとは高津川が作ったもののはずです。


◆急峻な錦川の谷を下る

 帰り道は行きとは異なり、錦川沿いを下って帰ることにします。まずは深谷大橋の先から、谷底の川沿いの道に出るまでも150mほどの高低差を下り、さらにそこから、比較的開けた町である、錦町まではさらに150mほどの高低差を川沿いに下っていきます。

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 途中の、道の駅ピュアラインにしきから、来た方向を振り返ってみます。正面に見える山の向こう側からずっと下ってきたことになります。

 瀬戸内海側にある、岩国の市街地までは50kmほど。ひたすら錦川の作った峡谷沿いに、国道187号を下っていきます。川の対岸には錦川鉄道の錦川清流線が通っており、ときたますれ違う列車を写真に撮りたい、という思いがわきつつも、運転中なので仕方なく我慢して走っていきます。

 山あいなので暗くなるのも早く、あっという間に周囲は夜の景色に移り変わっていきました。

◆旅の終わり

 岩国の市街地にたどり着いたのは、すっかり日が暮れてしまったあとでした。ここには、峡谷の他にもう一つ、錦川が作った偉大な景色があります。

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 そう、錦帯橋です。橋を渡るにはお金が必要ですが、下から見上げる分には無料です。しかも河川敷に駐車場も完備されているというありがたさ。

 木材のみで組み上げられた、緻密な構造が下からライトアップされていて、夜ならではの美しさが演出されています。

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 橋は、何度か大雨によって流されてしまっていますが、その度に伝統的な技法で再建されています。夜の錦帯橋を訪れるのは初めてでしたが、昼とはまた違った表情を楽しむことができるので、ぜひおすすめしたいですね。

 しばらく橋のまわりをぐるぐると写真を撮って回って十分満足したので、帰路につくことにしました。錦帯橋から山陽自動車道の岩国ICまでは、すぐそこで、10分もかからない距離。80km/hで流れていく風景は、あっという間に私を日常へと連れ戻していったのでした。


 今回の旅行では、人が多く集まるような著名な観光地はほとんど回りませんでした。錦帯橋も、夜の人のほとんどいない時間に訪れました。
 しかし、山や川の織りなす貴重な景色、未成線といったひっそりと残るインフラ、これらとともに暮らしてきた歴史など、よくある観光とは違った目線で見ていくことで、十分に旅行の楽しみを見つけることができます。

 最後に、今回一部参考とさせてもらった観光紹介を貼っておきます。

 皆さんもぜひ、地理旅やインフラ旅に挑戦して見てはいかがでしょうか。

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