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そのとき、どこにいた?

生きていると歴史を揺るがす大きな出来事に出会う。私の場合、日航ジャンボ墜落事件、ダイアナ妃事故、地下鉄サリン事件、9・11事件、東日本大震災などだ。そしてこのたび、エリザベス女王逝去が加わった。

このようなニュースに接した際、自分がその瞬間どこにいたかが記憶される。JAL墜落とダイアナ妃事故の時は実家の居間でテレビニュースを観ていた。地下鉄サリン事件の際には当事者になりかかった。千代田線霞が関駅でサリンがまかれる少し前に、この駅の改札を後にしたばかりだった。あと数分ずれていたら確実に巻き込まれていた。

9・11事件の時は産休中だった。この子が育つ世の中はどうなるのだろうと不安になった。東日本大震災の時は職場にいた。女王逝去の一報は、朝、目が覚めてからテレビで知った。

このような大きな事件や事故が生ずるたびに、私たちは生き方について改めて考える。日常が揺さぶられ、何となく生きてきた自分に喝を入れねばと感じる。姿勢を正して日々を大切に過ごすようになる。そしてしばらくたつと、その意気込みが少しずつ薄れて、また人生に悩み戸惑い一喜一憂したりする。

でも、それが生きるということなのだろう。正解はないのだから。

世界が大きく揺れる出来事のたびに、自分の居場所を確認する。自分の行く末を考える。軌道修正する。生きていくことは、少しでも多くの幸せを自分に許しながら年月を重ねることだと思う。


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