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駄目だった日の煮込み

お気に入りの茶碗を割ってしまったことから始まった日。

改札前で、定期券の期限切れに気づく。
仕事のミスにすんでのところで気づいたものの、リカバリーに本来の倍の時間を使う。
買ったばかりのパンプスのヒールを、側溝の網にはめてしまって傷つける。

思わず深いため息をついてしまうこんな時には、一度ぎゅっと目をつぶってから、ひとつひとつ丁寧に、を心掛け、時が経つのをひたすら待つことにしている。

右足を出す。左足を出す。エスカレーターは歩かずに。
脱いだ靴は、きちんと手で揃える。
一口ずつ、箸置きに箸を戻しながら食事をする。

そうしているうちに、少し荒れた日常のベクトルがじりじりとあるべき方向に戻ってくるのを、これまでの経験で知っているので粛々と。淡々と。

もしキッチンに立てるなら、じっくりと煮込み料理をする。
ふつふつと沸く鍋の水面を眺めていると、ざわめく心が落ち着いてきて、諦めのような、ちょっと情けなさも混じったような気持ちで「しょうがない。明日も頑張るか。」と思えてくるのだ。

▶︎手羽元の参鶏湯風

塩をもみ込んだ手羽元、適当に切った葱と大根、生姜の薄切りを鍋に入れて、水をたっぷり。中火にかけて、沸いたら日本酒をどぼどぼっと。
再度沸いたら、弱火にしてことことと。

材料に火が通って塩調味すれば食べられるけど、今夜は鶏肉が骨からほろりと外れ、葱と大根が鶏のスープをしっかり含んでやわらかくなるまで鍋を見守っていよう。

クコの実の赤が映えるけど、そんなのが無くったって、駄目だった今日の私が、頑張った私を労ってくれるご馳走なんだ。

いつもより時間をかけてゆっくり食べて、ぽっとおなかに灯火がともったら、大事にとっておいた入浴剤を入れたお風呂に浸かり、早めにふとんに身体をあずける。

明日は、食器を割らない一日の始まりでありますように。

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