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黄金を運ぶ者たち7 ガサ入れ③

 翌朝七時、悪夢をなぞるかの如く、またもや玄関のチャイムが鳴った。不安と緊張で眠りが浅かった僕は、すぐにインターホンを取る。
「成田税関です」
腹をくくって、すぐにドアを開けた。
「真田さんに家宅捜索令状が出ています」
 先頭にいる捜査官が、何やらプリントされたA四サイズの紙を目の前に突きつけてきた。
「何の件か、わかっていますよね」
僕はもう、なるようになれと思っていたのですぐに認め、
「もちろんです。近所の目もあるし、猫が外に出ても困るので、とにかく皆さん中に入って下さい」
 そう言って、僕は五人の捜査官を家の中に招き入れた。一戸建てとはいえ二人暮らしだ。大した広さではないため、五人もなだれ込むと、ギュウギュウ詰めである。

 捜査官が全員が家の中に入ると、その中のリーダーらしき年嵩の男が、僕に捜索令状の確認を求めた。時間稼ぎというわけではないが、それをあえてゆっくりと読んだ。何が書かれているのか、できる限り把握しておきたかった。その後、まずは身体検査をすると言われ、ボディーチェックを受ける。寝起きのTシャツ姿に、ボディーチェックというのも間抜けな話だったが、担当の捜査官は念入りに、足の裏まで見せろと要求してくるのだった。

 捜査官五人は、キッチンと風呂場に二人、僕の居室に二人、と手分けをして、戸棚という戸棚は全て開け広げ、中をゴソゴソと探っている。リーダーらしき人物はその捜索には加わらず、僕と差し向かいの形で、玄関付近での立ち話となった。
「真田さん、なんだかあなた、こういうことに慣れている風に見えますね。昨日は居留守使ったんじゃないの?」
 リーダーは、あえて軽い口調で、世間話風にそう話しかけてきた。
「へ?昨日?朝っぱらからパチンコ屋に並びに行っていたんですけど、あなた方は昨日も来ていたんですか?」
 と、とぼけて切り返す。
 お互い相手の顔色を見ては、適当に受け流す答えを吐く、というような、うわべだけの会話が続く。
「真田さんさぁ、摘発の日の取り調べ、キツくなかった?」
「ええ。このオヤジ!とか罵られましたね。でも犯罪行為をやったのだから、仕方がないですよ」
 苦笑いしながら答えると、
「あれ?犯罪ってわかってたんだ。調書とは言ってることが違うんじゃない?」
「あれだけ犯罪犯罪と責め立てられたら、当日はともかく、現時点ではそう認識するしかありませんよ。これからも取り調べがあるんでしょうし、犯罪だという自覚は持ちましたよ、もう」
「ところで、あの日持ち帰ったタブレットは、どうしたの?昨日慌てて友達にでも預けたの?」
「壊れたのか、電源入らなくなっちゃって。とっくに処分しましたよ」
「結局高いモノなのに、そんな勿体無いことするかね?普通」
 こんな調子で、リーダーから僕に対する揚げ足取りじみた質問が続き、それに対し、のらりくらりした調子で応酬する。その最中に、ガサ入れは二時間ほど続き、収束の気配を感じたのは九時を少し回った頃だった。

 結局、嫁の居室には入られずに済んだ。僕の居室の引き出しなどから、香港での買い物のレシートやら、搭乗券の半券などが押収され、その場で作成された目録にサインをする。控えを一枚渡されて、終了となった。
「全て明らかにするから、これから始まる取り調べでは、何もかも正直に話した方がいいよ」と、リーダーは、捨て台詞とも言えるひとことを残して、帰っていった。

 捜査官たちが去った後、奴らが好き勝手に荒らした部屋を片付けつつ、タバコを一服ふかしながら、この二時間を振り返る。
「先が思いやられるなぁ」
と独りごちながら、押収品目録の控えを眺めた。これで皆もガサ入れがあった事を信じてくれるだろうと思うと、妙に安心した気持ちになった。

 北千住「サンローゼ」には、約束より一時間ほど早く着いた。みんなよりも先に来て、ランチでも食べようと思ったのだ。ところが店内には利根川が既にいて、ランチのナポリタンを啜っていた。仙道の姿はまだない。 利根川は僕の姿を見つけると
「あ、真田さん、ここですよ」
とにこやかに手招きをする。
 待ち合わせで利根川より早く着くのは、至難の技だなと、こちらもつい可笑しくなって笑顔になり、彼の向かいの席に腰を下ろした。
「失礼失礼、先に食べてたよ。ここのナポリタンうまい。良かったら真田さんも」
「そうですね。腹も減ったし」
 利根川は、昨日よりは余裕がある口調で、あえて本題には入らないのだった。ウエイトレスを呼び、注文を終えると、僕は何も言わずにそっと、押収品目録の控えをテーブルに置いた。
「せっかくのランチが不味くなるかもしれませんけど」
 利根川はフォークを置いて、日付を指差し
「確かに今日だね」
 と小声で呟いて、ため息を吐いた。
「真田さん、疑って申し訳なかった。ただ、これがあれば、ボスにも正式に報告できる。真田さんのご苦労は金で解決できるわけないけど、もちろん迷惑料ぐらいは、私がボスからもらってきますよ」
 利根川は真剣な面持ちで、噛みしめるように僕にそう言った。
「いや、ありがたい話だけど、迷惑料なんてどうでもいいんだ。ないはずのガサがあって、摘発時の取り調べでの追求具合も併せて考えると、これはもうただ事では済まないよ。ボスの言うように、罰金払ってハイ終了、という簡単な話には思えない」
 僕が本音をぶつけると、利根川は考えるように腕を組む。
「それはそうなんだけどね。真田さんの後に堀さんも摘発されたものだから、ボスはこの穴埋めに躍起になっている。実は今後の新しい方法を考えている最中なんだ」

 僕の進捗には何も言及してこないと思ったら、ちゃっかり踏み台にして別案をかんがえているわけか。少しムッとしたが
「そこに関しては、僕はもうタッチできないので、お任せしますとしか言えません。でも利根川さんもこの状況をよく見据えて、安全対策をしておいた方が良いと思います」
「確かにね。仙道くんが来たら、そこら辺の話もしましょう。ちょっと辛気臭くなっちゃたけど、とりあえず腹ごしらえしてよ。ナポリタン来たからさ」
 ここで初めて、僕は昨日から長く続く緊張感から少しだけ解放され、ようやく空腹を自覚した。口にしたナポリタンの濃厚なケチャップ味は、五臓六腑に染み渡り、僕のささくれた心をほんの少し癒やしてくれた。

次話 8 取り調べ①

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